久留米版徒然草 Vol.370
AIによる喪の行い
「死者との対話」をテーマにしている映画や演劇が好きである。その筋書きには共通のパターン(型)がある。プロットだけを追う観客からすれば凡庸な「型」かもしれない(でも、そんなことを言い出したら「能」なぞ全て同じ型だ)。「死者との対話」をテーマにする映画や演劇で大切なのは個々のセリフと小道具である。そこに脚本家と演出家のセンスが問われるのだ。
昨日、映画「箱の中の羊」(是枝裕和監督脚本)を拝見した。プロットだけで言えばアメリカ映画で作品化されている「AIによる喪の行い:グリーフワーク」なる言葉に要約されるが、この映画の神髄はプロットにあるのではない。個々の短いセリフに宝石の如き輝きがある。建築・設計を生業とする主人公の小道具にかんなの刃の如き鋭さがある。私は子どもを突然の事件事故で亡くされた両親の依頼を受けて何度か仕事をさせていただいた。その悲しみの大きさを想起し呼吸が苦しくなるような場面が何度もあった。観客数は伸び悩んでいるようですが私は素晴らしい映画だと思います。

