商業施設における使用貸借
一般に「使用貸借」とは物を無償で利用する契約であり親しい人的関係における規律が想定されています。しかしながら「商業施設」においても物を無償で(全体としては有償だがそこだけを取り出すと無償)利用する場面があり、これを民法上の典型契約としての「使用貸借」と同視して良いか?には大いに問題があります。以下は顧問先の要請で相手方に出した意見書の抜粋です。
本件は平成*年*月*日に開店している「*店」に関する契約であり、既に合意した賃料を入金し続けています。この使用収益と賃料支払いの事実に鑑みれば両者間に「賃貸借契約」が既に存在していたことは明らかです。まだ書面で交わされていない賃貸借「契約書」は規範を新たに創設するものではなく既に規範的に存在する賃貸借「契約」を確認し書面化することに意義があります。書面化にあたっては平成*年*月*日以前に交わされていた両者間の交渉内容を確認することで十分であり、これ以前の規範を変更する場合は「新たな申し入れ」と認識することになります。
従前、貴社で起案された契約書案には本件財産区分に触れた第*条が存在し、当社はこれをふまえ出店に至りました。かかる構成に至った理由は、従前共用部分に当社で付加した部分を貴社に「無償で譲渡」する代わりに当社で「無償使用」するというプランがありましたところ、貴社との協議で書面化しなかった経緯があります。造作部分の所有権は現在も当社にあります。本件「使用貸借契約書」(案)は「賃貸借契約書と不可分一体のもの」として認識された共用部分を切り離して独立の契約対象と認識した上で「甲の都合により何時でも」契約を終了させることが出来るとするものです。しかし従前は共用部分の使用を前提に全体が構成されたのですから今回の契約書案は「新たな申し入れ」と認識すべきものです。しかるに本「使用貸借契約書」(案)*条が実行されれば*店の経済的意味が著しく減殺されます。「甲の都合により何時でも」契約を終了させることが出来るとの発想は民法の使用貸借契約に由来しますが「使用貸借」は親族等における温情的人間関係を前提にします。これを「純然たる企業取引行為」に適用すること自体に根本的間違いがあります。
当職は「使用貸借か、特殊な非典型契約か」が争われた民事訴訟(福岡地裁久留米支部)において星野英一東京大学教授の執筆になる基本書の次の箇所を引用したことがあります。
使用貸借とも賃貸借とも決めつけられない微妙な契約であるならば、これを使用貸借としてその規定を全面的に適用すべきか、それとも強いて使用貸借という必要はなくその特殊な関係に応じた特殊の貸借と解し個々の問題ごとに判断すべきか、2つの方法が考えられる。後者のやり方の方が柔軟でより妥当な解決を可能とするので、それでゆくべきであろう。
(星野英一「民法概論Ⅳ」良書普及会175頁)
裁判所は上記見解を採用し、当方主張を認めて原告の請求を棄却しました(福岡地裁久留米支部平成7年(ワ)第*号。福岡高等裁判所平成12年(ネ)第*号にて控訴棄却により確定)。
本件で未だ書面上は交わされていない賃貸借「契約書」は既に規範的に存在する賃貸借「契約」を書面化し確認することに意義があります。交渉経過において「今回の使用貸借契約書(案)第*条が両者の合意内容として過去に存在した」事実は存在しません。本件契約書案を貴社の「新たな申し入れ」と解釈することは可能ですが「両者の不可分一体性」を考えると受け入れは困難です。そもそも本件に適用さるべき契約規範は民法上の典型契約としての「使用貸借」ではないのです。
上述の点を充分に御吟味の上、再度のご検討をお願いいたします。
* 協議の結果、相手方の申し入れは撤回され、従前の取扱いが継続されることになりました。
* 契約法の規定は任意規定であり「当事者間の合意」があればそれが優先します。重要なのは当事者間の合意規範を正確にくみ取ることであり、法規の形式的適用ではありません。

