法律コラム Vol.51

売掛金請求訴訟の構造

長年の継続的取引関係がある会社間の売掛金請求訴訟において、原告側はいかなる主張立証を為すべきでしょうか。この問題が難しいのは、売掛金額(期末残高)は「期首残高プラス期中仕入額マイナス期中支払額」で示されるため、被告側が全ての取引を否認すれば原告は当初からの全ての取引内容の主張立証を強いられる可能性があるところにあります。当期の期首残高は前期期末残高なので、全てを否認されれば最初の時点まで遡ることを余儀なくされる可能性があるのです。以下は近時ある訴訟(佐賀地裁)において原告側で作成した準備書面の一部です。

第1 総説
 本件では被告の商業帳簿の意義が裁判所に認識されていないように感じられる。若干回り道をして不動産訴訟における土地所有権の主張立証構造との対比をしたい。その上で売掛金請求訴訟における主張立証責任の構造を論じることとする。
第2 土地所有権の主張立証の構造
 1 土地所有権の立証は「悪魔の立証」と言われる。土地の所有権は社会制度の結果として認識されている。土地所有権の所在を当初に遡って立証することは不可能に近い。
 2 原告所有の主張がなされた場合、被告がこれを認めれば権利自白が成立する。被告がこれを否認した場合、まず権利自白が成立する場面を確認する。その上で、被告がⅰ前所有者の所有権を認めれば、そこからの所有権移転原因事実の主張立証を原告に促し、ⅱ被告が原告もと所有を認めれば、以後の主張を所有権喪失の抗弁として構成して主張立証責任を被告に転換するのである。
 3 被告が一切の権利自白を拒む場合はどうか。この場合、原告は自己の権利を実質的に主張立証しなければならないが、上述のとおり土地は自然に存在するものであり、その所有権は一定の社会制度の結果として認識されているものに過ぎない。ゆえに悪魔の立証を求められれば原告は窮地に陥る。そこで以下の制度的配慮がなされることになる。ⅰ時効取得(実体法的手当・一定年数の占有で所有権が得られるように手当)ⅱ登記による所有権の推定(訴訟法的手当・登記簿上の所有名義人は反証のない限り当該不動産の所有権を有するものと推定)。
第3 売掛金請求訴訟の主張立証の構造
 1 売掛金処理の実際
   売り主が継続的に商品を売却し代金を買い主が一定期日に支払う形態(継続的掛売契約)は取引社会で極めて煩雑に現れる。買掛金残額は「期首残高プラス期中仕入額マイナス期中支払額」で示される(商業簿記の基本)。代金は弁済期が古いものから充当される(民法489条1号)。
 2 売掛金請求の主張立証の構造
  イ 原告が現在の売掛金額を主張し被告がこれを認めれば権利自白が成立する(多くはこのレベルである・単に支払い能力が無いため提訴されているケース)。
  ロ 被告が現在の売掛金額を否認する場合、原告は被告が認める最終買掛金残額を前提に以後の商品の売買の事実を主張立証すれば足りる(数は少ないがこのレベルの争いもある・この場合であっても帳簿残高との一致が証拠上判明すれば裁判官は直ぐに和解を勧告するのが通常である)。問題は被告が一切の買掛金残額を否認する場合である。この場合、原告が<取引開始からの>全ての売買状況と入金状況を主張立証しなければならないとすればまさに「悪魔の証明」であろう。かような場合に活用されるべきが商業帳簿の証拠力・証明力である。被告作成の商業帳簿(真正なもの)に買掛金額が明記され、それが原告主張金額と一致するならば、かかる権利の存在が事実上推定され、これを争うものに反証の責任があるというべきである。
第4 本件における被告の主張と証拠の関係
  被告の商業帳簿によれば、被告認識の買掛金額は原告が訴状で示す金額とぴったり一致する。ゆえに、買掛金債務の存在が事実上推定され、被告がそうでないことを反証しない限り原告の請求が認められるべきである。被告が準備書面で主張する金額は自ら作成した商業帳簿とかけ離れている。

* 原審裁判官は上記主張を認めず取引当初(数十年前)からの取引内容の主張立証を求めました。それが出来ないが故に期首残高がゼロとして認定され、期中支払額は期中の仕入額に充当されました。結果、被告の商業帳簿とかけ離れた異様な「事実」が認定され請求は棄却されました。
* 控訴審(福岡高裁)は商業帳簿との合致を材料として事実認定。佐賀地裁判決は取消され請求が全て認容されました。なお相手方は上告受理申立を行いましたが最高裁は不受理でした(確定)。
* こういう事態に陥らないように企業の債権管理担当者は定期的に債務残高確認書を取引先に書いて貰うのが望ましい。売掛金の消滅時効は2年です(民法173条)。この訴訟でも次順位争点として消滅時効が問題となりました。債務承認が認められ時効は免れました。

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