法律コラム Vol.65

損保会社の意見書

 交通事故賠償請求訴訟において被告から医師名義「意見書」が提出されることがあります。損保会社の依頼により主治医の診断や治療の意義を否定するもの。自分では診察したことのない患者に関する見解を「医師と」いう肩書きで勝手に述べてくるのです。

 乙*号証は原告にも被告にも所縁の無い医師が損保会社から報酬を得る目的で作成したものである。被告は損保に有利だからこそ一方的に(裁判所から求められてもいないのに・かつ・原告の同意もなく)「証拠」として提出している。医師法20条は医師が患者を診ないで診断書を発行することを禁止しており違反に対しては罰則が科される(33条)。その趣旨に鑑みれば手続的公正を侵害して提出される意見書に証拠としての意義を与えてはならない。東京地裁民事交通部の原田裁判官は、保険会社(営利企業)の依頼で医師が書く意見書について「もっぱら保険会社側から依頼を受けて保険会社の利益のため作成されたもの」と述べられて信用性を否定された(平成2年5月19日東京弁護士会研修会講演)。民事訴訟上、専門的知見を持つ者の評価を訴訟上反映する方法は整備されている。鑑定である(212条以下)。鑑定人の選任には厳格な手続が整備されており中立性・公正性に疑問が持たれない工夫がされている。不公正な判断をする畏れがある者は除外される。虚偽の鑑定をすると制裁がある。これらが鑑定の中立性と公正性を担保する。判例タイムズ1156号で木川統一郎氏は裁判所の心証形成における手続保障の意義を強調され私的意見書は裁判上の鑑定の当否を検討する道具に過ぎないと述べられている。乙*号証に鑑定たる実質はない。では乙*号証の実質的位置づけをどう考えるべきか?これは原告を全く診察したことが無い「専門医*」が被告損保会社から報酬を得る目的で作成したものである。それは損保会社の「意見」を代弁した陳述書と同様のものと解される。陳述書にはガイドラインが設けられており、証人尋問と全く無関係に反対尋問権を無視して提出される陳述書の作成・提出は認められない(「現代裁判法体系13民事訴訟」206頁)。普通の裁判官はこのガイドラインに従って訴訟指揮をしている。以上からして乙*号証には医師法20条の趣旨に反する「陳述書」程度の意義しかないのであり、被告は陳述書使用のガイドラインに従った訴訟指揮に服すべきである。しかるに被告は陳述書の利用に関するガイドラインに全く従っていないのであるから、乙*号証は証拠として許容されるべきではないことになる。

* 異議を出すと裁判官の「意見書」の扱いは慎重になります(採用されても信用性は慎重に吟味されます)。判決で簡単に引用されることも無くなります。

前の記事

弁護士会ADR

次の記事

境界確定と民事訴訟