5者のコラム 「芸者」Vol.38

定期的棚卸しの不可欠性

 修習生の頃、複式簿記の勉強をする中で私は棚卸しの必要性を教わりました。現金や在庫商品の有り高を確認して帳簿上の残高と照合する作業です。面白かったのは「規範に事実をあわせるのではなく、事実に規範をあわせる」という感覚を教えられたことです。 棚卸しの感覚は簿記において大切です。現代会計学が貸借対照表よりも損益計算書に重点をおいた結果として、企業者は一定期間の動的損益計算に目が向かいがちです。特定の時点における財産状態の静的把握が疎かになる危険性を抱えています。商業実務を行う者は定期的に棚卸しをしなければなりません。現在する財産状態の確認を定期的に行っていかないと商行為の把握が事実から遊離した観念的なものになる可能性が高くなります。計算上「こうなるはず」ということと現実に「こうなっている」ということは違うものです。帳簿上の現金残高と実際の現金残高が違った場合は必ず帳簿を現実にあわせなければなりません。
 弁護士には得意な事件と苦手な事件があります。苦手な事件はどうしても処理が遅れがちです。定期的に棚卸しをしないと、例えば債権を消滅時効にかからせるなどの失態にも繋がりかねませんし、処理の遅延による懲戒請求を受ける危険も生じます。私は一定期間毎に、ファイル棚を虚心に隅から隅まで見渡して、棚卸しを行います。時間に追われる毎日の作業(目前の事件処理)から少し距離を置いて、自分が受任している全ての事件を俯瞰的に見渡し、見落としている作業がないか・とるべき措置がないかを確認します。作業の中で受任から相当時間が経過しているのに動きがないファイルがあるとその原因を考えます。向こうにボールがある場合、こちらは基本的にボールが返ってくるのを待てばよいのですが、相手方に電話をかけて早急の対処を促すときもあります。こっちにボールがある場合には時間の経過によって当方が不利にならないように大急ぎで対処しなければなりません。

学者

前の記事

在校生としての弁護士
役者

次の記事

あっぱれ千両役者