5者のコラム 「易者」Vol.30

薬物による認識作用の変容

オルダス・ハクスリー(1894-1963)が書いた「すばらしい新世界」(1932年)はジョージオーウェル「1984」と並ぶ逆ユートピア小説として著名な作品です。
 ハクスリーは1960年代にある種の青年たちのアイドル的存在となります。サイケデリック・ムーブメントやニューエイジ運動におけるカリスマとなるのです。英国きっての名門に生まれたハクスリーが(上品ではない)これら運動者たちの尊敬を集めたのは「知覚の扉(The Doors of Perception)」を書いたことによります。この作品はメスカリン(幻覚剤)を服用したハクスリーがいかなる自我変化を経験したのかを驚異的描写力で表現したもの。

メスカリンを呷ってから半時間経過したとき私は黄金の光がゆっくりと踊るのに気づいた。少し経つと芳醇な赤い色の広がりが幾つも現れた。(略)メスカリンが私を招き入れたもうひとつの世界なるものは幻想の世界ではなかった。そうではなく目の前の外在している世界-目を開いて見ることの出来る世界であった。大いなる変化は客観事実の領域に起こったのである。(略)「空間関係はどうですか」本を眺めていると実験者が聞いた。それに答えるのは難しかった。ものの遠近はなるほどいささか奇妙に見え、部屋の壁はもはや直角に交わらないように見えた。しかし、こういったことは真に重要なことではなかった。真に重要な事実は、空間関係が大して問題と感じられなくなったということと、そして私の精神が世界を空間的範疇以外の見方で認識することを始めていたことであった。

薬物により時間と空間に関する認識作用を変容させ得ることは上記サイケデリック・ムーブメント等で広く認知され「知覚の扉」はそのバイブルとなりました。事後のスピリチュアリティ興隆や脳科学流行の思想的背景には、かような実験報告もあったのです。