5者のコラム 「易者」Vol.110

真実と倫理よりも強い影の力

世界的童話作家・アンデルセンに「影」という作品があります(評論社)。
 

寒い国からやってきた学者が暑い国にやってきて住み着きます。学者は向かいの家の暗い奥の方に何か素晴らしいものが秘められているような予感を抱き憧れます。或る日、学者は自分の影と不思議な会話を交わし、それから何年かの時間が過ぎました。この間、学者は世の真実と善悪について本を何冊か書きました。数年後、影は学者の敵として・しかも自分より強く・したたかな者として登場します。影は学者を翻弄し学者を自分の影とします。そして影の結婚相手となった王女の命令によって最後に学者は殺されてしまうのです。

この物語は多様な解釈を許容する豊かなテクストです。学者は何故「寒い国」から「暑い国」に行ったのか?何故、学者は向かい家の奥に何か素晴らしいものが秘められているかのような予感を感じてしまうのか?何故、憧れてしまうのか? 自分より強く・したたかな者として登場する自分の影とはいったい何なのか?何故、学者は殺されてしまわなければならないのか?読者によってこの物語の読み方は様々でしょうけれど、ここでは「影」を弁護士業務におけるメタファーとして読み解いてみます。昔の弁護士業界は寒いところでした。それが何時の間にか暑くなっています。1人で仕事をしている弁護士は向かいの事務所の暗い奥の方に何か素晴らしいものが秘められている予感を抱き、これに憧れている人も少なくないのではないでしょうか?そこから出現してくる自分の「影」。弁護士が孤独な思索として描く真実と倫理の力より「影」がささやく誘惑の力のほうが強力です。それは何時の間にか弁護士を自己の手足として使うようになり最後には弁護士自身の命を奪ってしまう力を秘めています。儲かっているように見える他人の仕事に対する欲望(素晴らしいものが秘められているかのような幻想)は弁護士を破滅に誘う「影」かもしれません。