歴史散歩 Vol.35

歴史コラム(未来への不安)

 将棋の対局において局面は常に変化しています。対局者は常に複数の選択肢を有しています。その複数の選択肢は各々についての複数の選択肢を要求します。その結果として、数手先の局面でさえも、対局者が全く予想していなかったものになることはよくあることです。将棋は「本譜」に尽きるものでは全くありません。感想戦の内容を知れば棋士が膨大な「変化」の中の1手だけを悩みながら選択していることが良く判ります。トップ棋士も数手先の局面を読み切って指しているわけではありません。「未来への不安」と戦いながら指しているのです。
 梅田望夫氏はブログ(ModernShogiDiary)で池内恵「中東危機の震源を読む」(新潮社)の以下の文章を引用しておられます。「われわれの記憶の容量は無限ではなく過去の一瞬一瞬における文脈とそれぞれの時点で潜在的に存在した選択肢を記憶していることは不可能である。過去を振り返るには、現在の地点で判明している帰結から遡って脈絡を見出し、筋道を立てていくしかない。歴史記述とは結局この合理化の作業だろう。しかしそれによって、肝心なことを忘れてしまいがちである。それは「いつの時点でも将来は判らなかった」という当たり前の事実である。歴史上のどの時点も過去の数知れぬ経緯の上にあり未来に無限の可能性を秘めている。すべての当事者が「どの可能性がより蓋然性が高いか」を全知全能を挙げて判断し、その結果として1つの現実が生じる。あとから見れば必然的で定まっているように見える道筋も、その時点では誰も確かに予想できなかったのである。分からないからこそ情勢を判断し将来を見通す営為に意味がある。」
 歴史教育の弊害は歴史を<結果の羅列>と勘違いさせることにあります。その時点では<未来の無限の可能性>を秘めていたことを没却させるのです。歴史主体は常に複数の選択肢を有しています。我々が歴史書を紐解くときには「本譜」(記録された事実)の水面下で膨大な「変化」(実現されなかった無数の人々の思惑)が戦わされていたことを意識しなければなりません。皆が不安と戦いながら生きていたのです。現在を生きる者の多くが「未来への不安」を有しています。しかしながら昔から人間は誰もが不安を抱えて生きてきました。むしろ、自然現象に左右される程度が大きく、社会制度も発達していなかった昔の人の方が未来についての不安は大きいものだったのではないでしょうか?歴史とは過去の人々の「未来への不安」が作り出した結晶なのかもしれません。

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