5者のコラム 「医者」Vol.54

100%白の証明? 

尾藤誠司氏は「『医師アタマ』との付き合い方」(中公新書ラクレ)でこう述べます。

患者さんやご家族が、ごく一般的な感覚で「私は○○の病気じゃないですよね?」「ガンではないかどうか、徹底的に調べてください」などと言うことがあります。けれどもこれを医学的に厳密に証明しようとすると、際限のない検査の迷宮に陥ります。病気があることを証明して黒と断定するよりも「あなたは病気○○ではありません」と100%白の証明をするほうが何百倍も難しいのです。司法の場で容疑者が完全な白であると証明するのが難しいのと同様、医学的にもこれはとても困難なことです。ここで司法と医療が異なるのは、司法の場合なら決定的な証拠や自白がなければ「疑わしきは罰せず」として容疑者は無罪になりますが、医療の場合には「黒であるとは完全に言えない」となるとやはり患者さんは不安になります。そうなると、白である決定的な証拠を求め、徹底的に調べようとして、どんどん検査が多くなることがあるのです。ところが検査が増えるほど、かえって白かどうか判らなくなります。なぜなら白である確率はどんなに情報を集めたとしても100%にはなり得ないし、新たな検査の結果はさらなるグレーの情報を生み出すからです。(85頁)

世間人は客観的な「真実」が存在し認識可能だと信じ込んでいます。しかし現代医学が人体を把握し切れていないように、社会的出来事の事実性も(突き詰めると)よく判らないことが多いのです(学者4参照)。こういった知性の限界や不完全性に対する謙虚な態度こそ知的職業に不可欠なものです。私が知る限り、高度の知性の持ち主であればあるほど、人間知性の限界ないし不完全性について自覚的です。自分が100%黒でない証明を求めたのが西洋裁判史の汚点である魔女裁判です。そんなことは通常は不可能ですから訴追された被告人の運命はほとんど有罪と決まっています。「無罪の推定」はかかる悲惨な歴史に照らした人智の結晶として確立しているのです。