5者のコラム 「学者」Vol.47

戦略よりも兵站

戦史家のクレフェルトは「補給戦・何が勝敗を決定するのか」(中央公論新社)で「戦争という仕事の10分の9までは兵站だ」と言い切っています。 第2次世界大戦よりもはるか昔から戦争のあり方を規定し勝敗を分けてきたのは戦略よりも兵站でした。兵士1人当たり1日3000kcalの食糧をどれだけ前線に送り込めるかという補給力の限界が戦争のあり方を規定してきたのです。 参謀たちが優秀な頭脳を使って立案した作戦計画も多くは机上の空論に過ぎません。現実の戦いは常に不確実であり作戦計画通りになど行きません。現実の戦闘行為には計画実行を阻む予測不可能な偶発的出来事が満ちているからです。クラウゼビッツはこれを「摩擦」と呼び、その対応いかんによって最終的な勝敗まで逆転することもあると指摘しています(「戦争論」)。史家の多くは「戦争のプロは兵站を語り素人は戦略を語る」と口にしています。
 要件事実はエリート法律家が優秀な頭脳で立案した訴訟の作戦計画です。論理パズルでありマニュアル的色彩が強いものです(岡口判事は「要件事実マニュアル」を出版しています)。弁護士にとって現実の訴訟の帰趨を決しているのは要件事実ではありません。主要事実・間接事実・補助事実の整理の仕方如何によって直接に訴訟の勝敗が決まるわけではありません。実際の訴訟は情報収集能力で勝負が決まることのほうが遥かに多いのです。法令や判例の調査能力で優位に立つことも希にありますが、ほとんどは不確実な<事実>に関する主張立証能力で勝敗が決まります。訴訟における弁護士のエネルギーの10分の9までは「兵站」(ロジスティックス)に向けられています。書証の収集、現場検分、隣接業務の専門家との繋がり、専門的協力者(医師等)の存在・文献の収集力などです。足でかせぐ兵站こそが実際の訴訟の帰趨を決めているのです。

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