偶然性・アイロニー・連帯
NHK「100分で名著」2024年2月はローティ「偶然性・アイロニ―・連帯」。
印象的なサブタイトルは「終わりなき議論こそ哲学が向かうべき『希望』である」というもの(ちなみに「会話としての正義」なる考え方は最近多く見受けられる:井上達夫など)。これまで哲学は「真理への到達」を目指した(真理に到達すれば会話は不要になる)。これに対しローティは哲学の使命が「会話が絶滅しないようにすること」とする「アンチ哲学」を唱える。近代哲学が志向した特権的地位(他人が知らない知識の究極的基礎付けを自分は知っているという傲慢な思考)を放棄すべきだ、真理に向けて「会話を完成(終了)させたい欲望」を否定し「会話を続けることに奉仕すること」こそ哲学のミッションだ、というのが著者の主張である。
認識は永遠不変の真理ではなくその時々の言葉によって作られる歴史的形成物である。私たちの自己の在り方も歴史的に形成された偶然の産物に過ぎない。コトバを言い換えること、それは抽象度をあげて「真理に近づく」のではなく並列的な言い換えにより「理解のひだを増やしていく」ことだ。言葉を減らすのではなく言葉を増やす。人が「自分という存在の原因の根拠をしっかりと辿る唯一の方法」は「自己の原因についての物語を『新しい言葉』で語ること」。自己を語る言葉は再記述されうる(偶然性を帯びている)。「自己が偶然である」からこそ、自分が相手に影響されたり、相手が自分に影響されたりするのだ。各々が「変わり得る存在であること」を確認せよ。
ローティがいう「アイロニー」なる概念は芸術家が『自分の作品に対し』高みの視点から見下ろし反省し「創造につなげていく」如き態度をいう。公共空間の「しんどさ」と私的空間の「危うさ」を意識せよ。両者を「統一」する動き(会話を「終わらせよう」とする営み)こそ警戒すべきである。他人から「勝手に再記述されること」は非常に暴力的なことだと認識せよ。

