久留米版徒然草 Vol.352
不動のテキストとの関係
欧米で憲法改正が頻繁に行われるのは絶対に動かないテキスト(聖書)があるからである。不動のテキストがあるがために「人のテキストである憲法典」を動かすことにためらいがない。
おそらく日本を含む東アジアで憲法改正が少ないのは(そのような絶対的テキストがない故に)憲法に「神秘的な色彩」がつきまとうからである。中国憲法も条文と実際はかけ離れているが動かすと共産党支配の正統性が壊れかねないので手を付けられないでいる(トウショウヘイ理論という訳のわからないサブテキストの付加で現実を乗り切っている)。日本も、不動の神のテキストが無い以上、憲法は解釈論で乗り切っていく・乗り切っていけると多くの法律家(たぶん多くの弁護士)は思っている。そして「それで何か問題でも?」と多くの市民も思っているのではないかしらん。

