2015年10月16日 / 最終更新日 : 2025年1月11日 webmaster 医師の劇団3 今回は嫩葉会の大正13年・14年・5年の活動を振り返ります。前回と同様、絵は嫩葉会年鑑からの転載・写真は安元知臣様から借用したものです。 大正13年は7回の試演会が行われています。その中で17本の新作が披露されていま […]
2015年9月18日 / 最終更新日 : 2025年1月11日 webmaster 医師の劇団2 「嫩葉会年鑑」(全3冊・大正12・13・14)は安元知之が残した「嫩葉会」活動の詳細な記録です。我々が嫩葉会の活動を振り返ることが出来るのは几帳面だった知之が活動の詳細を客観的に文章として保存しておいてくれたからです。 […]
2015年8月21日 / 最終更新日 : 2025年1月11日 webmaster 医師の劇団1 大正12年に近代演劇を開始した劇団が浮羽郡山春村という福岡県の田舎に存在しました。主宰者は安元知之。知之は「嫩葉(わかば)会」という農民主体の劇団を立ち上げ約3年にわたり内外の先端的演劇を上演し続けました。大正14年には […]
2015年7月31日 / 最終更新日 : 2023年4月9日 webmaster 歴史コラム(理科系的な歴史読解) 大人になって歴史に興味を抱く人には意外と理科系の人が多いようです。若い頃に歴史に触れていない反動で、何かのきっかけで歴史に触れたとき、知的興奮を感じる方が少なくないようです。趣味としての歴史なので好き勝手にやれば良いと私 […]
2015年6月5日 / 最終更新日 : 2025年2月21日 webmaster 三池港周辺4 平成9年の閉山後、三川坑は長く閉鎖状態が続いていました。炭鉱鉄道の撤去や有明海沿岸道路の建設に伴い西側施設の多くは撤去されています。しかし東側の主要施設が相当の規模で残されています。これは三川鉱の歴史の生証人として貴重な […]
2015年5月6日 / 最終更新日 : 2025年8月19日 webmaster 三池港周辺3 今回は三池港の直近にある三川坑の歴史を概説します。大労働争議と炭塵爆発事故で著名です。 (参考文献:石炭産業科学館「三池炭坑の歴史と技術」、九州産業考古学会「筑後の近代化遺産」(弦書房)、高木尚雄「地底の声」(弦書房) […]
2015年4月13日 / 最終更新日 : 2024年12月10日 webmaster 三池港周辺2 三池港の東北、歩いて約10分くらいのところに素晴らしい洋館があります。三井関係要人の社交倶楽部・外国高級船員の宿泊・皇族を含めた政財界人の迎賓館として利用されてきました。100年以上のときを経た今も現役で総合結婚式場やレ […]
2015年3月16日 / 最終更新日 : 2025年8月18日 webmaster 三池港周辺1 平成27年2月21日、私は「三川坑見学会」に参加しました。車で早めに家を出て正午前に大牟田に到着しました。三池港周辺を散策し、旧三井港倶楽部で昼食をとり、見学会に参加する充実した1日を過ごすことが出来ました。この日に得た […]
2014年8月11日 / 最終更新日 : 2025年6月8日 webmaster 蒲池の姫君 西鉄大牟田線に「蒲池」なる駅名があります(柳川市北部に残る地名)。今回はこの蒲池を舞台にした2人の姫君の物語です。以下、大城美知信他「柳川の歴史2・蒲池氏と田尻氏」(柳川市)河村哲夫「筑後争乱記・蒲池一族の興亡」(海鳥社 […]
2013年2月18日 / 最終更新日 : 2025年3月30日 webmaster 夏目漱石と久留米4 原武哲先生の研究によると漱石は久留米に5回も来ています。漱石が松山を発ち、熊本の第五高等学校に赴任して離任するまでの約4年3ヶ月の間に集中しています。以下、原武先生の「夏目漱石と久留米・伝記と作品」(日本英学史学会九州支 […]
2013年1月16日 / 最終更新日 : 2025年5月20日 webmaster 夏目漱石と久留米3 「吾輩は猫である」に多々良三平という奇人が出てきます(五と十一)。多々良君は久留米に縁がありますが、あまり認識されていません。原武哲「喪章を着けた千円札の漱石」(笠間書院)に沿って三平君の会話を読んでみます。五の登場の場 […]
2012年12月17日 / 最終更新日 : 2025年4月19日 webmaster 夏目漱石と久留米2 私は前回、菅虎雄が保有する漱石の書簡を久留米にいた虎雄の「親族」が預かっていたこと、この親族が預かっていた書簡は「ある事情によって」永久に失われたことを述べています。最初に結論を示します。この親族とは虎雄の妹「順」です。 […]