5者のコラム 「医者」Vol.18

EBMの意義と限界

尾藤誠司「医師アタマ・医師と患者はなぜすれ違うのか」(医学書院)は述べています。

EBM(evidence-based medicine)が医師の間で急速に広まったことは医療を良い方向に急速に推し進めたとともに新たな問題を医師に投げかけている。EBMを勉強することで医師は何に気づいたか?それは「患者にとって常に有益な医療サービスなどありはしない」ということである。医療におけるエビデンスが提示するものは例えばある薬について、全体でみると確かに役に立っているのだけれど本当は1人ひとりの患者単位でみると効くか効かないかよく判らない、目の前の人に「必ず効きます」という保証は全然できないというものである。言い換えればエビデンスが提示するものは医療が持つ力の偉大さではなく限界の方である。

裁判所が示す判断基準は個別的なもの。最高裁が判示する抽象的規範ですら「特段の事情なき限り」等留保文言が付されているのが通常です。裁判所は自己が示す規範が全ケースに妥当するものではないこと・「必ず効きます」という保証はできないことを自覚しています。判例の留保文言が示すものは判例法の偉大さではなく限界なのです。弁護士が法律相談で示すことができるのも一般的な規範(当該ケースに必ず妥当するとは限らない規範)に過ぎないことが多いのです。ですから経験を積んだ慎重な弁護士は、法律相談の場面において「一般論としては」とか「特段の事情なき限り」といった留保文言を多用しているはずです。最初に聞ける情報量に限りがある以上、当該ケースに「必ず効きます」という絶対的規範を与えることは原理的に不可能なのです。問題は弁護士が限定を付した規範を語っても相談者がこれを正確に理解しているとは限らないということです。相談者と弁護士間のコミュニケーション不全はこういった部分から発生する可能性が高いと思われます。

学者

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