5者のコラム 「役者」Vol.46

表層演技と深層演技

井上俊・船津衛「自己と他者の社会学」(有斐閣)に次の記述がある。

例えばセールスやサービス関係の仕事とりわけ接客の仕事では「お客様にはいつも笑顔で接し決して不快感を与えないように」といった要請が課され、それにふさわしい表情や身体的表現をつくりだすための感情管理が要求される。(略)感情管理や感情労働は多かれ少なかれ演技を伴うが、ホックシールドによると演技の仕方には「表層演技」と「深層演技」の2つの種類がある。前者はごく普通の意味での演技、つまり悲しくもないのに悲しいふりをして、そう見せようとするといった演技である。後者はかつてモスクワ芸術座の演出演技指導で知られたスタニスラフスキーが主張したような演技法、つまり悲しい場面であれば過去の記憶やイマジネーションによって自分の中に悲しみの感情をよびおこし、それを利用するといったものである。この場合演技はそれなりの感情の裏付けを持つことになる。だからスチュワーデス訓練センターなどでは、どちらかといえば「深層演技」のトレーニングが重視される(略)。燃え尽き症候群の問題を詳しく論じたC・マスラッチも、バーンアウトは感情的消耗状態と密接に関連しており、仕事としてであれ個人としてであれ、人をケアすることに深く関わっている場合に生じやすいとしている。ホックシールドも「感情労働のコスト」として感情労働者が熱意を持って仕事に専念しすぎるとバーンアウトしてしまう危険性があることを指摘している。逆に職務と自分自身とを切り離して考える人たちはバーンアウトはしにくいが、いつも演技をしている自分は不誠実だという自己嫌悪、自責感、罪悪感などにとらえられやすい。

弁護士は状況にふさわしい身体表現をつくりだすための感情管理が要求されます。「表層演技」をする弁護士は自責感や罪悪感に苛まれる危険性がありますし「深層演技」をする弁護士はバーンアウトする危険性が高くなります。弁護士業務は真摯に向き合えば向き合うほど難儀な仕事です。

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