5者のコラム 「医者」Vol.134

答えの出ない事態に耐える力

帚木蓬生先生は東京大学文学部を卒業し、マスコミに就職され、猛勉強して九州大学医学部に入り直した経歴を有する異色の精神科医です。福岡県中間市にてメンタルクリニックを開設しつつ執筆活動を継続されるというマルチな才能を発揮されています。大刀洗町で先生の講演会が開かれた際、私は至近距離でお話を伺う機会がありました。今村のキリシタン信仰に関する講演でしたが、ロビーで行われていた書籍販売会で私は「ネガティブ・ケイパビリテイ・答えの出ない事態に耐える力」(朝日新聞出版)という不可思議な題名のついた先生の著書を立ち読みし、大きな感銘を受けて直ちに購入しました。先生はこの概念を次のとおり説明します「どうにも答えの出ない、どうにも対処しようがない事態に耐える能力」あるいは「性急に証明や理由を求めずに不確実さや不思議・懐疑の中にいることができる能力」。現代社会は問題に対して早く答えを出す能力を求めています。インスタントな回答で良しとする感覚が蔓延っています。「ネガティブ・ケイパビリテイ」は「そういうことをしない能力」です。「問題を問題のママで長時間持ちこたえる能力」とも言えます。
 弁護士業務でもこの概念は極めて有効です。例えば法律相談で「言われていることの意味が良く判らない」という状況は煩雑に生じます。依頼を受けた後だって同様です。このときに「ケイパビリテイ」しか頭にないと「相談者を理解できないのは悪だ」「正確な答えを出せないのはダメだ」など悩んでしまいます。が、他人の人生で生じた事実を30分程度の時間で理解できるほうが珍しいのです。受任後だって方針に悩むことは山ほど生じます。それが当たり前なのです。その前提で相談者依頼者の話をしっかり「聞く」弁護士の方が相談者や依頼者にとって有り難いのです。他者の人生で生じた出来事の意味など容易には判りませんから。

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