5者のコラム 「5者」Vol.163

生き残ったマスターピース

村上春樹氏はジェイ・ルービン編「芥川龍之介短編集」(新潮社)序文において「芥川はスコット・フィッツジェラルドと似ている」とした上でこう述べています。

後世に残るいくつもの見事な作品を残したが、流行作家としての忙しさ故に、それに倍する「あまり素晴らしくはない」作品も残した。とは言えそれは決して不名誉なことではない。(略)書くものが全て大傑作というようなことは現実的にはあり得ないのだ。作品の出来にムラがあること自体は作家にとってとくに批判されるべきことではない。人生は長丁場だから、うまくいくときもあれば、いかないときもある。生活のために心ならずも書き飛ばさなければならないことだってあっただろう。生き残ったマスターピースの10編がどれくらい素晴らしいか。何よりも大事なのはそこのところである。

この「5者のコラム」も残り少なくなっています(目標1000本まで27本)。自分で言うのも何ですが「良く書けている」と感じるコラムが多少はあるように思います。しかし、それに倍する「あまり素晴らしくはない」コラムも大量に存在します。自分の力量は判っているので私はそれが不名誉なこととは思っていません。私が尊敬する井上陽水さんも「あまり素晴らしくはない」曲をたくさん作っています。優れた作品とは作り上げられた数多くの生産物の山の極一部の頂きなのであり、その高みを支えているものは「あまり素晴らしくはない」多数の作品です。それらを足場に積まれている諸作品の「生き残ったマスターピースの10編」がどれくらい素晴らしいか、そのことだけで継続的になされている創作活動の意味はあるのだと私は思います。そもそも私はこのコラムを販売することで喰っている人間ではありません。全ては自分の自己満足なのですから。

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