法律コラム Vol.125

婚姻費用支払義務の規範的限界

破綻した老夫婦間において(形式的)婚姻費用支払い約束があったとして、それが何時までも同じ内容で続くと考えるべきか否かは(超高齢社会が現実化している日本において)重要な意義を有します。近時、この論点に関し許可抗告を申し立てる機会があったので紹介します。*実際には理由書と補充書の2回で出していますが合体させました。当然ながら事実関係の部分は削除。

1 近時の有力学説の問題意識
  大村敦志教授は夫婦間の共同生活が営まれていない別居時には婚姻費用分担義務はなく、婚姻を解消するまで752条に従い「生活扶助義務」を負うにとどまると説く(「家族法第3版」(有斐閣法学叢書)59~60頁、同63~64頁参照)。二宮周平教授も別居によって婚姻関係が回復困難である場合には「生活扶助の程度で扶養=婚姻費用を分担すれば良い」と説く(「家族法第5版」(新世社)69~70頁)。いずれも婚姻費用が、婚姻終了(戸籍上の人間関係の終焉)までと形式的に定まるべきものではなく、当該夫婦の具体的事実をふまえて実質的に考慮されるべきであること、その基準は「生活扶助の程度で」判断されること、よって減額又は終了される可能性を示唆している。超高齢社会が現実化している現代社会で不可欠の視点である。当職が御庁において婚姻費用分担義務の「終期」を論じていたのはこれらの有力学説を意識したものであるが、原決定が、これら有力学説を真摯に考慮した形跡は皆無と言わなければならない。 
2 信義則違反・権利濫用の観点
  近時、有責配偶者からの婚姻費用分担請求について制約を設ける裁判例が見受けられる(福岡高裁宮崎支部平成17年3月15日は信義則違反構成、東京家裁平成20年7月31日は権利濫用構成)。古くは、夫婦の一方が他方の意思に反して別居を強行し、同居要請にも耳を貸さず、同居生活回復のための真摯な努力を全く行わず、そのために別居生活が継続し、右別居をやむを得ないとする事情が認められる場合には、前期各法条趣旨に照らしても、少なくとも自分自身の生活費に当たる部分の婚姻費用分担請求は権利の濫用として許されず、ただ同居の未成年の子の実質的看護費用を婚姻費用の分担として請求しうるにとどまると判示する東京高裁昭和58年12月16日決定(家月37巻3号69頁・判時1102号66頁・判タ523号215頁)もある。 
3 子の生活費支払の考慮
  子が婚姻費用分担義務者である親とも週3日間生活し、その親が食費等を負担していれば、標準的な生活費の割合から一定程度分担額は減額され得る(広島高裁岡山支部平成23年2月10日決定・家月63巻10号54頁)。婚姻費用分担の審判確定後、分担義務者が婚外子を認知した場合、婚外子の扶養料を考慮して、事情変更により分担額の減額が認められている(名古屋高裁平成28年2月19日決定・判時2307号78頁)。これら決定から「婚費分担義務者とされる者」が子の生活費を支払っている場合には、婚姻費用支払義務の有無および及び内容を定めるにあたり当該支払の事実を考慮することが可能である(踏み込んで言えば「必要である」)との規範を読み取ることが出来る。これらの決定が「最高裁で覆された」との情報に当職は接していない。
4 第3者への支払の考慮
  夫婦は日常家事債務に関して連帯責任を負うが(761条)妻が日常家事に属する債務を「管理能力不足の故に」支払わないでいる場合、夫は(婚姻費用として妻に一定額を渡しその支払を期待するより)直接に債権者に支払って連帯債務を解消するほうが合理的である。特に妻の公租公課・居住費・医療費・保険料などが(妻の管理能力不足で)支払われない場合、婚姻費用の支払いに優先して支払うことが社会公共のためにも必要であり合理的である。婚姻費用として妻に一定金額を渡しても「管理能力を欠く妻」が公租公課・居住費・医療費など滞納し「妻が」不利益処分を受ける事態になるならば逆に「妻の福祉」に反することになるのである。これらは近時の有力学説の考え方に沿った合理的な対応であるが、原決定が真摯に考慮した形跡は皆無である。

* 福岡高等裁判所は令和5年9月28日「本件抗告を許可しない」との決定を出しました。家事事件手続法97条2項所定の事項が含まれていないというのがその理由です。自分なりに結構な知的エネルギーを注いで書面を作成したのですが「ぺら1枚」で不許可となり残念です。

前の記事

交通死亡事故における年金

次の記事

加害者側から見た素因減額