5者のコラム 「学者」Vol.133

法解釈の限界と社会の不確定性

中田考「イスラームのロジック」(講談社選書メチエ)の記述。

生物の有限な情報処理能力に比して環境世界はあまりに複雑であり未来は不確定である。それゆえ生物には環境制御のため世界の複雑性と未来の不確定性を縮減する必要が生ずる(N・ルーマン)。生物はそれぞれの主に固有の複雑性・不確定性の縮減装置を有するが、人間においては縮減は感覚器による縮減(身分け)言語による縮減(言分け)の二重構造を有する(丸山圭三郎)。この二重の縮減により、過剰に複雑な「混沌(カオス)」は有意味な構造を持つ「宇宙秩序(コスモス)」として立ち現れるが、複雑性・不確定性の言語による縮減によって、人間は「自然(ピュシス)」を超えて、より複雑な世界すなわち「社会(ノモス)」をも認知・構成・制御することが可能になる。

人間の有限な情報処理能力に比して社会はあまりに複雑であり未来は不確定です。法的言語には限界が存在しますが法律家はこの限界を巧みに覆い隠します。この覆い隠す作業は「法の解釈」という名で「法的言語の裂け目の修復」という態様で行われます。法の解釈により「過去の複雑性」は無かったことにされ「未来の不確定性」も収まったことにされます。生の社会に流れる過剰に複雑な「混沌(カオス)」は法律家によって有意味な構造を持つ「宇宙秩序(コスモス)」として立ち現れます。これを可能にしているのが「法的言語の縮減機能」にもとづく社会の複雑性・不確定性の抹消です。この抹消作業によって人間の社会は「社会(ノモス)」(=より複雑な世界)を認知・構成・制御することが可能になるのです。法律家による「法的言語の裂け目の修復」作業は一時的暫定的なものです。社会の変化が激し過ぎると剥き出しの「混沌(カオス)」が顔を見せることもあります。そのときに過去の複雑性と未来の不確定性が露呈します。これが法システムの限界です。