5者のコラム 「医者」Vol.153

母的態度と父的態度

弁護士業務における「デタッチメント」とは受任した事件から一定の距離をとり、冷静で・科学者的なまなざしで、それは何か・なぜ起きたか・どう対処するかについて徹底的に知性的に語る構えのこと(要件事実に徹した立場)です。「コミットメント」というのはその逆です。受任した事件の悲惨さに乱され距離感を見失い・他者の苦しみや悲しみ・喜び・怒りに共感し、代理人として困惑し・うろたえ・絶望し・すがるように希望を語る構えのことです(5者78)。
 山竹伸二「こころの病に挑んだ知の巨人」(ちくま新書)はこう述べます。

心を病んでいる人は愛と承認の経験が乏しかったり歪んだ形で受け取っている場合が多く、自分の感情にも無自覚で自己了解をする力が総じて弱い。母親が子の感情を受け止め共感し愛情と承認を与えるように治療者も患者の感情を受け止め共感し承認の実感を与えなければならない。同時に自らがかかわる治療の関係性に留意し、二者関係のリスクを回避しながら父性を体現する第三者としても接してゆく必要がある。感情をぶつけられても動じない強さ・冷静な判断力と解釈。そうした治療者の態度により患者は自己を見つめるメタ視線を養う。

上記「父」「母」は社会学的意味(メタファー)として読むべきだと思いますが、山竹氏が「母的態度」(2者関係)をベースにして「父的態度」(3者関係)の意義を説いているのは極めて重要です。弁護士になりたての頃の私は父性(デタッチメント)を重視していました。しかし近時は母性(コミットメント)を重視しています。依頼者との「母性・2者関係」こそ最も大事なのであり、その大前提の上で「父性・3者関係」の意義を判ってもらうことが不可欠なのだと考えております。