5者のコラム 「役者」Vol.125

映画等の短評(3本)

「聖の青春」を拝見。映画には独特のフィクションが織り込まれている。タイトル戦の打ち上げを羽生さんと抜け出し近くの店で「デート」するなど故村山聖八段が願いながら叶えられなかった夢である。映画の中でくらい夢を見せてあげたいと思う。棺には故人が最も愛した物や最も誇りにしていた物を入れると良いと言われている。故村山聖八段の場合それは平成9年2月28日(竜王戦1組)対羽生名人戦の棋譜であった。中盤に放たれた7五飛という一見ぼんやりした飛車を浮く絶妙手が語りぐさになっている(大崎善生「聖の青春」講談社266頁)。私は死んだときに棺に何を入れて貰うのであろうか?自分の棋譜って何だろう?

昨夜の「真田丸」は凝った演出だった。何時から物語が始まったのか直ぐに判らないオープニング。主人公の目論見が簡単に実現しない障害の設置。所縁の人物(上杉と直江)を配置して時の流れを象徴する(家康の老化も劇的)。最後に大規模なロケセットを示し最新研究で明らかになった真田丸の実際を表現する。映画の如きエンディングロールとテーマ曲。まさに今回こそ脚本家が描きたかった「真田丸」であることが実に良く表現されていた。

父は榛名という戦艦に乗っていた。榛名は奇跡的に沈まなかった。榛名は呉を母港とした。呉は日本有数の軍港であったから米軍の徹底的空爆を受けた。そんな中、父は奇跡的に生き延びた。私が今こうして存在するのは、この小さな奇跡のおかげである。映画「この世界の片隅に」を拝見し、多くの人に生じていた小さな奇跡の意味を感じさせていただきました。感謝。

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