信仰と棄教(?)
江戸時代に「ハビアン」という名の修道士がいました(純然たる日本人:ハビアンはキリスト教上の名)。特異なる心的軌跡を見せる思想家で、その著作は芥川龍之介「るしへる」など後世の知識人に多大なる影響を与えました。葉室麟「柚子は九年で」(文春文庫)に次の記述があります。
禅僧からキリシタンとなった日本人修道士で優秀な理論家でもあるハビアンはキリシタンの教えを女性の問答を通し判りやすく伝える伝道書(妙貞問答)を著した。ところが壮年になって人生が一変する。どんな不満を持ったのか判らないが修道女と駆け落ちして棄教してしまったのだ。その後は不干斉と号し、幕府が全国にキリシタン禁教令を発すると長崎に行った。幕府のキリシタン取り締まりに協力し、キリスト教批判の書「破提宇子(破デウス)」を世に出した。キリシタンはこの書を「地獄のペスト」と呼んだ。神を心から信じることが出来ないという知識人としての苦しみがハビアンにはあった。(21頁)
知識人の「知のあり方」を考えさせられる記述です。海老沢有道氏はハビアンの棄教を「当然為されるべくして為された」と評価しています。何故ならばハビアンがキリスト教の理論家として著した「妙貞問答」も宗教的体験からほとばしる信仰把握からはほど遠く、彼のキリスト教理解は「表層的なもの」だったからです(ワイド版東洋文庫・平凡社・276頁)。ただし逆の観点から言えば、彼は(宗教者でありながら)複数の宗教を俯瞰的な観点から比較検討する(学者的能力を有する)「世界初の比較宗教学者」であったと評することができるのかもしれません。
特定の社会的立場を信仰の如く固守している弁護士も稀にいますが、普通の弁護士は依頼者との関係で主張を変えます。依頼者の立場を代弁することこそ弁護士の役割だからです(使用者側のときと労働者側のときで全く別の主張をします)。私は「損保とサラ金の仕事はしない」と決めていますが趣味(美学)の問題であり、別に損保とサラ金が「悪だ」と信じているわけではありません。自分の価値観(信仰?)は法廷とは別のところで表現したいと考えています。

