法律コラム Vol.39

高齢者財産の名義変更

 多額の財産を有する高齢者が認知症になった場合に近親者が高額の預金を自己に名義変更しているケースが見受けられます。死後の遺産相続で議論されることもありますが生前に成年後見人が選任されて発覚することもあります。以下の文章は男性と内縁関係にあった女性が後見決定を受けたところ後見人(女性の実子)の調査で男性が女性の預金を自己に名義変更していたことが発覚し後見人の依頼で提起した不当利得返還請求訴訟において原告側で主張したものです(要旨)。

 一般に内縁関係の場合には一方の死に際しての他方の相続権は法的に保証されない。ゆえに内縁関係が長期化して両者の財産が混同している場合には生前に財産関係を清算しておく必要がある。財産分与類推適用説や共有物分割説により死後清算も可能との見解があるが、これらの論者も生前の財産関係清算の必要性を否定しているわけではない。可能な限り生前に財産関係を清算しておく必要性は高い。原告は認知症の末期症状にあり、相当以前から知的能力が著しく低下していたことが伺われる。かかる状況の中で原告が自己の意思により高額の預金を*に贈与することは到底考えられない。両者間の財貨の移動を正当化するものは契約ではなく事務管理だけである。しかし、いくら原告が入院中とはいえ、これだけ多額の財貨の移動が正当化される事務管理は考えにくい。よって、原告は被告に対し一定の返還請求権を持つことになる。これを共有物と見れば共有物分割請求権となるが、端的に両者間の財貨の移動を正当化する法律上の原因がないものとして、不当利得返還請求権を有すると構成することが実体にかなう。以上は生前の財産関係清算の必要性を示した法律構成であるが、その前提として財産分与類推適用説が成り立つ可能性を踏まえていた。しかし最高裁は平成12年3月10日決定により財産分与類推適用説を否定した(判例時報1716号60頁)。ゆえに被告*が死亡した今「死亡後に発生する請求権」という構成は採ることが出来ず「生前に存在した事実に基づき生じた債務が被告*の相続人が承継する」との構成になる。
 最決平成12年3月10日により財産分与類推適用説が明白に否定されたことの意味合いは多大である。婚姻と内縁を対比して分説する。
(1)婚姻の場合の共有関係
   離婚の場合、実質的共有財産は財産分与で保護され、死亡の場合、実質的共有財産は配偶者相続権で保護される。財産の所有名義の意味は低い。夫婦間の財産の移動はルーズになされているが、それでも支障を来さないのは生前・死後の法的保護が為されているからである。
 (2)内縁の場合の共有関係
   内縁解消の場面において「実質的共有財産は財産分与類推適用で保護される」と解するのが通説的見解であった。しかしながら現実問題として法的手続を踏むことがないため清算が為されているか疑問がある。死亡の場面においては配偶者相続権がないし財産分与類推適用説も否定された。このような明白な法的意味の違いがあるにもかかわらず、現実には内縁関係者間の所有名義移動もルーズになされがちである。ゆえに上述した法的保護の違いを認識するならば、内縁者間の名義変更には厳格に対処する必要性が極めて高い。名義変更時の能力や行為意思を厳格にチェックしなければ、事後の清算による公平性の担保は為されないまま、不当な結果だけが残ることになる。

* 裁判官から「名義移動のあった金額から事務管理が成り立つであろう金額と男性の固有財産と考えられる金額を控除した残額を被告側から原告に対して支払う」旨の和解案が提示され双方承諾したので和解が成立しました。提訴前に仮差押した被告口座からの支払がなされました。

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