法律コラム Vol.20

検察審査会

 数年前、私は交通事故被害者の家族の依頼により検察官の不起訴処分に対する検察審査会への申立を行いました。以下の文章はその時に一般論として述べたものに若干手を加えたものです。具体的事実関係に関する証拠評価の部分は割愛しました。

(不在たる被害者の意味)
 一般に犯罪被害者が捜査段階で充分自分の立場を説明できる場合、その供述を証拠化して刑事手続きに反映させることが出来る。しかし、かかる説明が出来ない場合には刑事手続きにおける真実が曖昧にされてしまうことが少なくない。かかる場合とは、例えば被害者が死亡したり、重傷により病院に運ばれて捜査対象とならなかった場合等である。重大な結果が生じているのに、供述証拠としては被疑者供述だけが捜査官の判断対象とされ、重大な結果が生じている前記場面において、かえって被疑者が嘘を言いやすいと言う逆転現象が生じやすい。被疑者とすれば「死人に口無し」「不在者に主張無し」という感覚が生じ、「真実を話した方が馬鹿を見る」という結果が起きやすい。
(日本の刑事司法における自白の意義と問題点)
 日本の刑事司法は2重の意味で自白を不当に過評価してきた。「自白があれば起訴する」という積極面と「自白がなければ起訴しない」という消極面である。
 自白があれば起訴するという積極面は捜査官をして否認する被疑者を徹底的に取り調べ自白に追い込むという捜査手法に向かわせた。かかる手法には冤罪の温床との厳しい評価も少なくなかった。従前の捜査手法において自白獲得を目論む取り調べが自己目的化していた可能性は否定できない。供述調書は捜査官の「作文」であるにもかかわらず1人称で作成され、しかも事実と評価が混在する形で作成される。自白の任意性や信用性が争われる事案は捜査官や被告人の尋問に多大の労力と時間を要し,日本の刑事司法の恥部とも言える。自白の信用性評価が主観的方法(自白内容の迫真性や色彩感などに依拠する方法)から客観的方法(客観証拠との整合性や変遷の合理的理由を分析する方法)へ変わったとはいえ、これを具体的事案で適用していくのは並大抵のことではない。
 他方、自白がなければ起訴しない消極面は確実に有罪をとれる事案でなければ起訴しないという検察官の公訴権の運用に直結した。捜査官は刑事裁判を単なる追認の場にすることが可能となり、公判維持が容易とされた。が、これを被害者から見れば自己に代わって刑事司法を託している検察官があまりに慎重すぎて不条理を感じることも少なくなかった。従前かかる運用に疑問が提起されることが少なかったのは無罪判決に対するマスコミの対応が厳しく官庁である検察庁が保守的な公訴権の運用を強いられた面もある。無罪判決の意味は「合理的な疑いを入れない立証が為されていない」という裁判官の判断に過ぎないが、マスコミ関係者にかかる理解が浸透していない嫌いがあった。しかし日本社会の都市化・国際化等に伴い従前の刑事司法の運用に限界が見られる。重大事案における否認事件が増加し「自白がないから起訴できない」では済まされなくなった。他面、供述心理学の研究が進み、供述証拠がいかに脆いものかが一層明白となってきた。現代社会において「状況証拠による事実認定」の意味は益々大きくなっている。日本の捜査官は動かぬ証拠を示して自白させる意図で捜査していたようであるが、動かぬ証拠があれば自白が無くても有罪となるのである。
(国民の司法参加との関連)
 裁判員制度の実施が間近になっている。刑事裁判官が単独で背負ってきた事実認定の難しさを国民が分担しなければならないとすれば検察審査会の意義が今後さらに重くなることも意味する。日本の刑事裁判は「裁判官が真実を発見するところ」ではなく「検察官の判断が間違っていないことを追認するところ」だった。これは平野龍一東大名誉教授が「現行刑事訴訟の診断」という論文で指摘されたものだが今日でも妥当する。刑事裁判が儀式に過ぎないという批判は多くの論者から投げかけられてきた。今後国民の多くが刑事手続において真実を見いだすことの意義と困難性を共有するならば刑事裁判が「儀式」から脱却して実質的な「議論の場」になるであろう。そのとき検察審査会の役割は「検察官の訴追権行使の後見的チェック」という消極的なものから「刑事責任の有無を議論すべき事案の選別」という積極的なものになっていくものと思われる。

* 検察審査会は不起訴不当の議決をしました。状況証拠から刑事責任を問いうるとの理由です。しかしながら検察官はふたたび不起訴処分としました。
* 平成21年5月21日から、改正検察審査会法が施行されます。この法律では起訴相当の議決をした事案を検察官が再び不起訴とした場合は検察審査会が再び起訴相当との議決すれば起訴すべき法的拘束力が発生する制度設計にされています。起訴と公判維持は指定弁護士が行うことになります。

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