法律コラム Vol.42

建物の瑕疵と居住利益

 建物の瑕疵(欠陥)を理由とする損害賠償請求訴訟において被告の責任が肯定される場合に被告から「居住利益控除論」が主張されることがよくあります。以下にあげるのは賃借物件における瑕疵(巨大な蜂の巣が存在)を理由とする損害賠償請求訴訟において原告側で主張したものです。

 被告は「原告は本件建物に居住していたのだから、その利益を控除しないと原告が無償の居住利益を得ることになる」旨主張する。上記議論は本件家屋に住んだこと自体を原告の「利益」ととらえ、欠陥建物であったことによる「損害」と全く峻別するものである。この議論の不当性は次の例を考えれば判る。食堂で料理を食べた客が食中毒になったとする。この場合、食堂が客に対して損害賠償する際に「当店で食事しなくても他店で食事していた・客は当店で食事したから他店の食事代を免れた・故に食事代を差し引く」と言ったらおかしくないか?損害賠償法における因果関係は一般的抽象的に議論するものではない(そんな議論をしたら殺人行為と結果の因果関係すら無くなる・人はいつか死ぬのだから)。同様に損害賠償法における損害は当該事案において当該日時に生じた悪しき結果を具体的に認識するものである。食中毒の事案で考えれば、かかる欠陥食品を食べさせられたことは「損害」なのであり「利益」などではない。同様に本件において原告家族が本件欠陥建物に住まわされた具体的事実は「損害」であり「利益」などでは全くない。これを一般的抽象的に考え「本件家屋に住まなくても他で住居費用が必要であったから差し引く」との被告主張は成り立たない。

* 本件は「控除論」を前提としない和解案が示され、和解成立により終了しました。
* 近時、この論点に関する最高裁判決が出ました(平成22年6月17日)。最高裁は居住利益の控除論を認めませんでした。理由は法廷意見に書かれていませんが宮川裁判官補足意見によれば「建築の瑕疵が明らかになるには時間を要するところ購入者は欠陥建物に住まざるを得ないのであるから居住利益控除論を認めれば不誠実な被告を優遇することになる」というもののようです。この判決と最判昭和51年2月13日との関係は理論的に難しいものがあります。51年最判は「売買契約が解除された場合に目的物の引き渡しを受けていた買主は原状回復義務の内容として、解除までの間、目的物を使用したことによる利益を売主に返還すべき義務を負う」と判示しているからです。

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