法律コラム Vol.122

未払い残業代請求訴訟

未払い残業代請求訴訟は以前から存在しましたが数としては多くありませんでした。しかしながら全国的なテレビCMなどを仕掛ける大型事務所がこの手の訴訟を多く手がけるようになって裁判所の係属件数が急速に増えています。以下は被告側で対処したときの準備書面です。

第1 事業場外みなし労働時間制度について
 1 意義
   この制度は、事業場外労働においては労働時間の把握が困難であり実労働時間の算定に支障が生じる問題に対処するために(労基法の労働時間規制における実績原則の下で)「実際の労働時間にできるだけ近づけた便宜的算定方法を定めるもの」であり、その限りで「労基法上使用者に課されている労働時間の把握と算定の義務を免除するもの」である。
2 要件
  イ 事業場外での労働であること
    恒常的・常態的に事業場外で労働する場合に限らず、一時的なものや出張等も含む。
  ロ 労働時間を算定しがたいこと
    事業場外で業務に従事する場合でも「使用者の具体的な指揮監督が及んでいる場合」は労働時間の算定が可能であるので、この制度の適用はない(昭和63年1月1日労基発1)。判断する要素について次の各点が挙げられる(白石哲編著「労働関係訴訟の実務第2版」商事法務)。
    ①使用者の事前の具体的指示の可否
    ②労働者の事前の業務予定の報告の要否
    ③事業場外労働の責任者指定の可否
    ④労働者の事後の業務内容報告の要否
    ⑤始業終業時刻指定の可否
    ⑥事業場外労働の前後の出社の要否
    ⑦携帯電話等での業務指示・業務報告の可否
    ⑧業務内容等に関する労働者裁量の有無程度
3 本件事案の要件該当性(略)

第2 固定残業代制度について
 1 意義
   固定残業代制度は、実際の時間外労働の有無にかかわらず、一定額が残業代として支払われる制度である。かような制度は(法所定の計算による割増賃金を下回らない限り)有効というのが古くからの確定判例であるが、常に有効・適法となる訳ではなく一定の要件具備が必要とされる(最判平成6年6月13日・最判平成24年3月8日・最判平成29年7月7日など参照)。以下、判例から一般的に導かれている各要件を吟味し、本件事案の該当性を論じる。
2 要件
  イ 対価性
固定残業代としての賃金が「時間外労働に対する対価としての実質」を有すること。
  ロ 判別可能性
割増賃金部分とそれ以外の賃金部分とが「明瞭に判別できる」こと。
  ハ 合意の存在
これらが「両当事者の合意」となっていること。
3 本件の要件該当性(略)

* 本件事案は裁判所から「事業場外みなし労働時間制度の要件はみたさない」けれども「固定残業代制度の要件はみたす」との心証開示が為されました。その大前提で「認定された実労働時間」にもとづく総残業代(消滅時効にかかっていない分)から「既払いの(固定)残業代」が控除された合理的和解案が提示されて、原告被告とも応じたので裁判上の和解が成立しました。
* なお本件はWeb会議方式で行われ1度も裁判所に赴くことなく和解に至りました。私にとって初めてのWeb会議訴訟。その意味でも記憶に残る事件です。