5者のコラム 「学者」Vol.122

自費出版をする人の動機

橋本治氏は「古典を読んでみましょう」(ちくまプリマー新書)でこう述べます。
 

今でも「本を書いたら印税が入って金儲けが出来る」と間違ったことを信じている人がいますが、もう本はそんなに売れないのでよっぽどの一部の人を除いては金儲けが出来ません。木版で本を作っていた江戸時代は「印税」という発想がありません。なにしろとんでもなく金がかかって少部数です。こんなものを作って儲かるはずがありません。印刷にかかる経費(職人費用や版木代や紙代)は全額著者あるいは「この本を出版したい」と思う人が払います。この当時の出版販売業者は「本を出したいと思うのなら世話をします・私が売って差し上げますからその分の経費は全部出して下さい」というようなものでした。その本が売れたら売れた分のお金は全部出版販売業者に入ります。それ以外の人が本を出したいと思っても一銭も儲かりません。では、そんな時代になんだって人は「本を出したい」なんてことを考えたのでしょうか?理由は1つです。「この本を出して世の人たちにいろんなことを知らせたい」です。「昔に書かれた手書きの本を印刷してみんなの古典の教養を高めたい」とか「私の考えを知って下さい」とかそういう真面目な目的で自腹を切るのです。(14頁)

出版業者は「本を出したいと思うのなら世話しますが経費は全部出して下さい」と言うだけです。それでも「本を出したい」と考える人が後を絶ちませんね。たぶん理由は1つ。「私の考えを知って下さい」ということです。<自分の作品を世に残したい>という誘惑に駆られる人は世間に満ちています。たしかに紙の本を絶対視するならば、そういう自費出版の動きが消えることはないでしょう。しかし今やウェブ上で簡単に情報発信が出来る時代です。多額の費用を負担してまで自分の本を出版したいと思う人は遠くない将来に絶滅するかもしれませんね。

医者

前の記事

紹介する者の腕の見せ所
役者

次の記事

相手を殺す・自分を殺す