5者のコラム 「易者」Vol.163

自分の「山」を見出すこと

田中利典「体を使って心をおさめる修験道入門」(集英社新書)に次の記述があります。

では一般の人が山修行をする場合、そのテーマとなるのは何か。私が実際に関わって間近で見てきた結論としては普段の生活で失った心や体のバランスを取り戻すためだというふうに感じられます。なかにはカウンセラーや鍼灸師の方で、他人の悩みを聞いたり疾患を治したりしたことによるエネルギーの汚れのようなものを祓い、また自分のパワーを高めるために山修行に入る方もいらっしゃいます。しかし、そういう特殊な職業の人だけでなく、サラリーマンなど一般の方々が、現代社会で生きていることで失われてくる自分のバランスを元に戻すために、好んで山に入っている。そんな印象を受けます。

他人の悩みを聞いたり疾患を治したりすることによって生じる「エネルギーの汚れ」の如きものを祓いたいとの記述に私は共感します。仕事で低下した「自分のパワー」を再び高める場を求めたいという感情も良く判ります。全て対人専門職は各自が自分を取り戻せる「山」を見いだすべきものでしょう。特に弁護士業務は心身を擦り減らす仕事ですから(易者108)放置すると、この仕事特有の「邪気」が心身を壊しにかかってきます。邪気を振り払う工夫が必要です。この「工夫」は皆が山伏の姿になって修験道の行に入ることを意味しません。皆が自分に合ったスタイルで「邪気」(エネルギーの汚れの如きもの)を振り払い低下した自分のパワーを高めるための場(各人により異なる)を探し出せば良いのです。私が知る限り、多くの優れたベテラン弁護士さんがこういう「山」をとても大切にしておられます。逆に言うならば、そのような場を持てずに、この仕事特有の邪気を蓄積させ放置すると、邪気は弁護士の心身を<確実に>壊しにかかってきます。ご用心。