5者のコラム 「医者」Vol.81

心理学化する社会の問題点

なだいなだ「<こころ>の定点観測」(岩波新書)の記述。

現代ほどわれわれ精神科医や心理学者の能力が過信されている時代はない。わずかでも理解を超える奇怪な事件が起きると、すぐに意見が求められる。まるでわれわれに、それらの事件の発生がお見通しだと思われているかのようである。(略)たしかに精神科医・看護婦・心理学者・ソーシャルワーカーなど精神保健に携わるものは職業として現代人のこころと接触している。そして病人の上に影を落としている現代の状況に疑いの目を向けている。だが彼らはめいめいが、それぞれの専門の限られた数の患者と接触しているだけである。その限られた分野でも時代の影響がひしひしと感じられるときはある。なにしろ時代の変化は早い。その経験を元にして彼らが現代人のこころ全般を語っても、それは自分の立てた仮説に過ぎない。

世間の理解を超える奇怪な事件が起きると、マスコミは出たがり「心理学者」に意見を求めます。心理学者はマスコミが垂れ流す断片的情報を鵜呑みにして「それらの事件の発生がお見通しだ」と言いたいが如く「心の闇」を嬉々として解説しています。「ワイドショー」なるテレビ番組がどれほど日本人の認識能力を劣化させてきたかを思うと悲しみに堪えません。弁護士・裁判官・検察官等の実務法曹は職業として現代人の<こころ>と接触しています。事件に影を落としている現代の状況に疑いの目を向けています。ただし法曹だって各々が直面する限られた数の事件当事者と接触しているだけです。経験をもとに法曹が全般的事項を語っても、それは自分の接した個別事件の範囲内で立てた仮説に過ぎません。個別事件の印象を一般化して語ることには慎重でなければなりません。

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