5者のコラム 「学者」Vol.12

徳(アレテー)の分類

西洋思想史においてアリストテレスが残した知的遺産は巨大です。彼は「ニコマコス倫理学」にて「徳」(アレテー)を次のように分類します(岩波文庫)。

1 知性的徳(経験と時間を要する教育の成果)
 イ 学問的部分(エピステーモニコン) 必然性の認識にかかわる。
 ロ 考案的部分(ロギステイコン)   偶然性の認識にかかわる。 
  ① 技術(テクネー)     手段の決定に資する。
  ② 実践知(フロネーシス) 手だての決定に資する。
 2 倫理的徳(社会生活上の習慣の産物) 標的の決定に資する。

アリストテレス倫理学の特徴は上記1ロ②(知慮)と2(倫理的徳)に大きな比重が置かれているところにあります。その理由を彼はこう言います。「人間的な働きの核心は知慮と倫理的徳にまたなくてはならぬ。(倫理的)徳は標的をして正しきものたらしめるし知慮はこの標的への諸々の手だてをして正しきものたらしめる役割を果たすのである。」人間が生きるには<他者との共生>が不可避です。共同生活では必ずしも自分と世界観を共有していない他人や必ずしも自分の思うとおりに動くわけではない他人との共同行為が不可欠。かかる共同行為にあたって必要なのは(抽象的な学的認識ではなく)具体的な実践知と習慣により形成される徳(人柄)なのです。
 弁護士は法理論と要件事実論を習得して実務に入ります。法理論は上記1のイに、要件事実論は1のロ①に該当しますが、両者は実務の前提に過ぎません。法理論と要件事実論だけでは全くやっていけません。実務を進めるにあたって重要なのは上記1ロ②(知慮)と2(倫理的徳)です。弁護士倫理を遵守しつつ依頼者と共に紛争解決の「標的」や「手だて」を考えていく営みが根底にあります。

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