5者のコラム 「医者」Vol.71

価値観を理解するための対話

岩田健太郎医師は「『患者様』が医療を壊す」(新潮選書)でこう述べます。

さて長寿社会が達成されて今や医療における目標は「失われそうな命を助ける」という単純なものではなくなってきました。92歳の肺炎をどう治療するか。それはとても悩ましい「簡単に答えの出ない問い」であります。最近はお金の問題、リソースの分配の問題もあります。限られた医療費をどう配分するか。目の前の患者さんに無尽蔵にお金を使って良いのか、という問題です。さっきの92歳の男性も集中治療室(ICU)に入ってしまえば膨大な額の医療費がかかります。余命の短い超高齢者にそのようなリソースを使うのが妥当かどうか。それが駄目だとは言っていませんが、よく考えてみる必要はあります。僕はその解決策の1つとして「感染症は実在しない」という本で「価値の交換」としての医療のあり方を提案しました。今は一意的に命を延ばすのが良しとされている時代ではありません。かといって、命を延ばすのがダメということでもないでしょう。92歳の男性にとって、さらに命を延ばすのがより大きな価値なのかその代わりに集中治療室でチューブだらけになり、苦しい思いをして治療を受ける苦痛を回避するのがより大きい価値なのかは僕みたいな医者が勝手に決めて良いことではありません。これは患者さん本人の価値観が決定するのがより妥当だと思います。

プライドの保持・かかる費用・費やす時間など法的意思決定には多くの考慮要素が存在します。解決方法は1つではありません。ゆえに弁護士が当該依頼者にとってベストの方策を見いだすためには依頼者の「価値観」を理解すること・そのために依頼者と良く対話することが不可欠です。それは手段としての対話なのですが同時に目的としての対話でもあります。法的解決プロセスにおいては価値観を表現する対話の機会が十分に存在することこそ正義の1つの徴表であるからです。

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