法律コラム Vol.60

預金額最大店舗方式による債権執行

 債務名義(判決など)を有する債権者が債務者の銀行預金を差押する場合、債権者は従来債権額を支店毎に割り付けることを強要されてきました。例えば100万円の支払を命じる判決を持っていた場合、債務者の預金があるであろう銀行の支店毎に(例えばA支店60万円・B支店40万円など)債権額を割り付けていました。この場合、A支店B支店には預金が無く、C支店に100万円の預金があっても差押の効力は及ばないので、その後に債務者がC支店から100万円を悠々と引き出しても債権者は何も文句を言えなかったのです。かかる不合理を防止するために創案されたのが「預金額最大店舗方式」というものです。具体的には「複数の店舗に預金債権があるときは預金債権額合計の最も大きな店舗の預金債権を対象とする。なお、預金債権額合計の最も大きな店舗が複数あるときはそのうち支店番号の最も若い店舗の預金債権を対象とする。」という形で表記します。私は名古屋高裁平成24年9月20日決定でこの方式が認められたことを知り、11月5日に近隣の裁判所に申立を行いました。11月13日に却下決定が出たので同月14日に福岡高裁に執行抗告しました。高裁が12月7日に棄却したので私は12月12日に最高裁に抗告許可申立をしました。

1 総説(問題の所在)
 本決定はいわゆる「預金額最大店舗方式」による債権差押えを不適法として却下した原審決定を是認し抗告を棄却した。申立に当たっては東京高決平成23年10月26日、名古屋高決平成24年9月20日を参考資料として添付していたが、福岡高裁はこれら先行判例が示した判断に何ら積極的な言及もなく抗告を棄却している。本決定が延べる第三債務者の識別可能性の問題は上記2事件においても検討されているが、これらに対する説得力ある弾劾理由は何ら付されていない。本決定は理論的な検討を全く尽くさずして(先行する2高裁決定を乗越える何らの積極的な理由を付することもなく)債務名義を有する債権者の合法的な権利行使を不当に妨げようとするものである。憲法には法の下の平等(憲法14条)が認めれているが東京名古屋は「預金額最大店舗方式」が認められるのに福岡では本方式が認められないなど不合理である。金融機関の在り方は東京か名古屋か福岡かで何ら違いはないのであって、かかる不合理を維持する何らの積極的な理由も存在しない。以下、詳論する。
2 債権執行における基本的視角
(1) 本決定が引用する民事執行規則133条2項は「債権を特定するに足りる事項」を明らかにせよと延べるだけであり、これ以上に「支店を特定せよ」とは言ってない。「支店を特定し債権額も割り付けよ」というのは条文を超えて要求されてきた執行実務であるが、そこに具体的な法規上の根拠があるわけではない(もしそのようなものがあれば東京高決平成23年10月26日、名古屋高決平成24年9月20日が違法となり、特別抗告ないし抗告許可の対象となるであろう)。比較法的に言っても、債権者にかかる無理を強いているのは日本だけだと聞いたことがある。韓国では「支店を特定し債権額も割り付けよ」という運用はされていない。我が国の上記実務運用はコンピューター化された金融実務を無視して形成されたガラパゴス的(世界的に見れば珍種の)執行方法と言える。
(2) 最高裁が「差押えの効力が上記送達の時点で生じることにそぐわない事態とならない程度に速やかに、かつ、確実に差し押さえられた債権を識別することが出来るものでなければならない」と判示していること(最決平成23年9月20日)は当職も認識している。問題は東京高決平成23年10月26日名古屋高決平成24年9月20日が認めているような「預金額最大店舗方式」が合理性を欠くものであり上記最決に抵触するものであるか否かである。この点を検討するには「支店を特定し債権も割り付けよ」という従来の執行実務が債権者に多大の義性を強いてきたこと、「預金額最大店舗方式」が銀行実務上さほど無理を強いるものではないことを認識する必要がある。
3 債権者にとっての必要性
(1) 「支店を特定し債権額も割り付けよ」という従来の執行実務が債権者にいかなる義性を強いてきたかは預金差押えを実際に申し立てる側になってみなければ判らないだろう。強制執行をする場面は債務名義が存在するという状況である。多くの場合、和解が出来なかったので判決になった・債務者には不満が残っている場面である。債務者には資産を簡単に補足されたくないとの欲望が生じる。それは預金を簡単に判らないような支店に(例えば久留米支店から遠方の支店に)分散する行動を惹起しやすい。では、債権者がこれを知りうるか?無理である。債権者は特段の事情無き限り債務者がどの支店にどの程度の預金があるのかを知る術がないのである(弁護士会照会をしても回答を得られる可能性は低い)。つまり「預金額最大店舗方式」が認められるか否かはせっかく取得した債務名義(多くは裁判所の判決)がどれだけ実効性を以て現実化するかの試金石である。勝訴判決を得た債権者であっても、債務者の預金債権に対する強制執行を事実上断念させられる結果になる。
(2) 本決定には債務名義を有する債権者にとっての不合理性という肝心な点について全く言及がない。この点で原決定は何らの合理的な理由も無く、執行裁判所を使って合法的な権利行使を試みようとする債権者を萎えさせてしまうものに他ならない。しかし「司法改革」とは<市民にとって裁判所の使い勝手を良くしよう>という「利用者の便宜」という動機に裏付けられたものではなかったのか?判決(債務名義)をとった者が不合理な執行実務により泣き寝入りしなければならないような運用とは一体誰のための・何のためのものなのであろうか?執行実務を改善しようとする動き(良心的な決定例)を阻害しようとする裁判所とは何のための存在であろうか?本決定には「21世紀における債権執行の在り方」を考えるという東京高裁や名古屋高裁の意欲が全く感じられない。
4 第三債務者にとっての許容性
(1)「預金額最大店舗方式」は第三債務者に無理を強いるものなのか?
(2) この点について名古屋高決平成24年9月20日は次のように延べている。(「預金額最大店舗方式」は)全店一括順位付け方式のように先順位の店舗の預金債権の全てについて、その存否および先行債押さえ又は仮差し押さえの有無、定期預金、普通預金等の種別、差押命令送達時点の残高等を調査して、差押えの効力が生じる預金債権の総額を把握する作業が完了しない限り、後順位の店舗の預金債権に差押さえの効力が生じるか否かが判明せず、それまでの間、第三債務者が不安定な状態に置かれることはない。これに引き続き同決定は銀行では顧客を管理するためCIFシステムを利用していること、同システムによれば少なくとも個人については氏名・氏名の読み仮名、生年月日、住所が特定されれば、速やかに顧客の預金残高の存在を把握できること、これをもとに銀行各店舗の残高照会をして預金額最大店舗を特定するのはさほど時間と労力を要しないことが認められる、と判示する。本決定(福岡高裁)は上述の点について「およそCIFシステムを導入している銀行であれば一定時点(債権差押命令送達時点)における全店舗の預金債権各種の合計額の把握が速やかに、かつ、確実に出来るとは限らない」の一語をもって東京高裁や名古屋高裁の判断を否定する根拠にしている。しかし、その根拠とするところは(一見記録)という意味不明な引用に過ぎない。
(3) 東京高裁や名古屋高裁の判示は滝澤孝臣東京高裁判事の論文「銀行の複数支店の預金債権に対する差押え命令の申立と差押え債権の特定」でも触れられ、結論として差押え債権の特定に欠けるところはなく申立を認容すべきだったと述べられている(金融法務事情1928号65頁)。本福岡高裁決定にはこれら論考に対する何らの敬意もない。理論的検討を全くしていない。
(4) 銀行実務側の意見として金融法務事情1771号30頁以下で阿部耕一氏(全国銀行協会業務次長)が、全店照会について「ほぼ大部分の銀行が出来る」との回答であること、口座支払いシステムを停止するのに要する時間は「早ければ30分で済む」というところもある他「1から2時間」との回答が最も多かったことを示している。銀行側でCIFシステムを運用するに当たっての基本的な情報として「氏名・住所・生年月日」が重要であり、「読み仮名の表記が無い場合」「支店毎に住所が異なる場合」には時間がかかることが読み取れる。これは本決定が述べるところとは反対である。阿部論文は現場の意見をも踏まえた詳細なものであるが何らの言及も無い。
(5) 預金額最大店舗方式が銀行実務上特段の支障を生じさせていないことは、前記東京高決平成23年10月26日に対し第三債務者である銀行が上告受理申立をせず、そのまま確定していることからも伺われる。また預金額最大店舗方式が銀行実務上支障を生じさせるものであれば、金融法務事情・金融商事判例などの専門誌が反対の論陣を張るはずであるが、かような動きもない。
(6) 原決定は第三債務者が福岡県内に185店舗を展開する金融機関であることを根拠に上げる。しかしCIFシステムの運用上185店舗というのは大した数ではない。銀行が用いている大型コンピューターにかければ瞬時に処理しうる数に過ぎない。むしろ第三債務者が地銀トップクラスの大型銀行であることは、用いている大型コンピューターの性能や処理システムが高度であることを意味する。福岡高裁はこの点に関しても何ら言及していない。しかし福岡銀行は地銀トップクラスの大型銀行なのである。三井住友銀行や三菱東京UFJ銀行やみずほ銀行が受忍している差押を何故に福岡銀行だけが免れるのか?本決定には具体的な理由の適示が全く存在しない。
5 本決定の不合理性(法令の解釈に関する重要な問題点)
(1) 本決定には「預金額最大店舗方式」が認められるかは債務名義がどれだけ実効性を以て現実化するかの試金石であること、勝訴判決を得た債権者が預金債権に対する強制執行を断念させられることへの配慮が皆無である。他方で、原決定は名古屋高決平成24年9月20日が認める経験則(「預金額最大店舗方式」が過度に第三債務者を不安定な状態に置くことはないこと)を全く考慮していない。逆に原決定は本件銀行において顧客を管理するためCIFシステムを利用していること、同システムによれば少なくとも個人については氏名・氏名の読み仮名、生年月日、住所が特定されれば速やかに顧客の預金残高の存在を把握できること、これをもとに銀行各店舗の残高照会をして預金額最大店舗を特定するのはさほど時間と労力を要しないことを無視し具体的な根拠も無く識別不可能性の理由としている。合理的な理由のない裁判である。
(2) 前記東京高決平成23年10月26日以外にも平成23年1月11日(金融商事判例1363号37頁)、同1月12日(同1365号37頁)、同3月30日(同1365号40頁)が取扱店舗を申立人側において厳密に限定しない(複数の支店を取扱範囲とする)申立を認容している。現在までにこの判断が最高裁から取り消されたとの情報には接していない。
(3)ゆえに本決定は法令の解釈に関する重要な事項を含むものである。

* 平成25年1月7日、福岡高裁第2民事部は上記申立理由について「民事訴訟法337条2項所定の事項を含むと認められる」と判示し、最高裁への抗告を許可しました。本件は最高裁に係属することになります。最高裁がこの問題について積極的な判断を下してくれることを期待しています。
* 平成25年3月5日、最高裁は申立を棄却しました。棄却理由は「原審の判断は相当」というだけであり積極的根拠は何ら付されていません。残念です。
* 判例時報2176号に「いわゆる預金額最大店舗指定方式による預金債権の差押命令の適否」という判示があったので覚悟しながら当該頁を見たところ既に最高裁で1月17日付棄却決定が出ていました(29頁)。私の事案は1月7日に福岡高裁から抗告許可がなされたので実体判断が示されたのでありましょう(1月17日以後なら抗告は許可されなかった可能性が大です)。

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