法律コラム Vol.67

非典型後遺障害

 交通事故被害者に心療内科疾患等が生じることが多く見受けられます。損保会社は事故との因果関係を争うのが常なので被害者の代理人は疾患に関する医学的研鑽を積み法的に表現できる技術を磨くべきです。以下は某訴訟で作成した準備書面の一部。(治療状況や就労状況を表形式で添付)

1 医師所見1(甲*)について
 ①整形外科・脳外科ではカルテ記載がなく、確認をしづらいが、少なくとも10ヶ月後からめまいの症状が確認できる。②心療内科受診まで時間がかかった要因として、脱力や怠さは最初からあったものの、記憶が飛び飛びであり乖離症状があったと認められる。頭痛等の痛みが先行しており、先医にはフラッシュバック症状の理解が出来ていなかったことも考えられる。③カルテに記載がない要因として本人が症状を良く理解できていなかったこと、先医が専門外でその症状を聞いても自科(整形外科脳外科)の症状には関与しないものとして聞き流されていたこと等が挙げられる。
2 医師所見2(甲*)について
 ①「うつ病」か「うつ状態」かと言った形式面だけで治療の必要性があるか否かを判断することは出来ない。「うつ病」でないと治療の必要性がない、との医学セオリーは存在しない。「うつ状態」にも適応がある薬剤が明白に存在する。②DSM(アメリカ精神医学界精神疾患の診断統計マニュアル)Ⅳ-TRには「この限りではない」という重要な語尾が付されている。事故を心的外傷として受け止めるか否かは個性が強いのであり、人によっては比較的小さい事故でも人格的に深い衝撃となり得るし、大きい事故でも全く生じない人もいる。大地震でもPTSDにならない人が多数存在するし他方軽い猥褻事件でもPTSDを発症する人がいる。被告はDSM診断の意義や方法をよく知らないようである。③本件は当初担当した医師に精神的被害に対する認識が不足していた可能性があるが、それでも*年*月*日にパキシルが投与されている。これは比較的初期の段階で心療内科疾患が生じていた事実を物語る。臨床心理士によるカウンセリングも*年*月*日から施行されており、同様の所見を示すものと言える。④DSMはアメリカ精神医学界で用いられている基準ではあるが、世界的に確立しているものではないし(世界的にはWHOのICD-10が妥当している)、DSMは損保会社との妥協の産物として形成改訂されてきた歴史がある(詳細はHカチンス「精神疾患はつくられる・DSM診断の罠」日本評論社を参照)。法律家が用いる際は注意が必要とされている。
3 家族所見(甲*)について。
 ①部屋の片付けが出来なくなり忘れ物が多くなった。②車に怯えることが多くなった。③以前は出来ていた簡単な仕事が出来なくなり接客中に言葉遣いを誤ったり上司から注意を受けることが生じ仕事面で悩むことが多くなった結果、勤務していた店を解雇されてしまった。

* 心療内科疾患と事故との因果関係が認められるか否かは事案によります。ただし因果関係が認められる場合でも被告から素因減額の抗弁が出されることが多いので原告はこれに対する反論反証を余儀なくされます。
* 総論を作成したのでご覧下さい(2017年8月17日「心療内科の視点」)。

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