法律コラム Vol.104

身分行為における追認

 「婚姻無効確認請求訴訟における主張立証責任」の事案(2019/12/11)は控訴されたために舞台は福岡高裁に移りました。控訴審で相手方は追認の主張を追加しました。これに対抗し当職が作成した準備書面です(北九州の諸隈弁護士との共同)。

1 問題の所在
  控訴人は「追認」なる主張を控訴審で追加した。これは(主張を裏付ける事実の有無より)かような主張をせざるをえなくなった事実が重要である。遡って考えれば婚姻という法律行為に「追認」(本来は無効であった行為が遡って有効になる)という観念を認めることができるのか否かが問題である。何故ならば身分行為は公益的意義が高く、第3者利害にも関係しうるので、財産法における当事者利害だけで議論してよい問題では全く無いからである。
2 理論的考察
(1)民法119条の法意
   民法119条は次のように定める。「無効な法律行為は追認によってもその効力を生じない。ただし当事者がその行為の無効であることを知って追認をしたときは新たな行為をしたものとみなす。」本条は、無効な法律行為は当然かつ絶対的に効力がないものであるから、追認によってその行為を有効ならしめることは本来できないという原則を明らかにする。その上で、反社会的な行為でない限りは、その後に両当事者が望むならば、その行為に何らかの法的効果を与えてもよい・ただ、その行為は「新たな法律行為をなしたもの」とみなす(効果はさかのぼらない)という非遡及的追認としたのである。学説上、私的自治の範囲内なら遡及的追認を認めて良いという見解もあるが、あくまで例外であって、かかる遡及的追認を認める見解においても、どの範囲で認めるか・その効果をどう認識するかには微妙な差異がある。
(2)無効な婚姻における追認という要件事実の意味
   婚姻意思がない以上、婚姻は無効である。古い学説には無効行為の遡及的追認を認める見解があるようであるが、現在は批判的な見解が通説である。内田貴「民法Ⅳ補訂版」は次のように述べる。「理論的にいえば、既になされた無効な届け出を配偶者が容認するまではその配偶者は法的婚姻としての効果を享受する意思を有していないのであり、それを単に事実上の夫婦関係があったというだけの理由で届け出時に遡って法的婚姻にしてしまうのはおかしい。まして実際に事例の多い無効な婚姻届の追認のケースでは遡及的追認を認めることは弊害を生ぜしめる。無効な離婚届の遡及的追認を認めることは親権者の指定のない離婚を認めることになるし、無効な離婚届後2年を経過していると財産分与請求権が消滅しているという結果にもなりかねない(768条2項)。代諾養子縁組(797条)の代諾者に代理権がなかったというケースのように実際に代理権が欠缺していたのがあとで追完されたケースは、まさに116条の事案であり、同条を適用することが妥当な結論を導く。しかし、婚姻や離婚では追認行為と解される事案は、過去の届出を有効とする趣旨というより追認時に改めて合意するとともに「戸籍訂正および届出のやり直しをしない」という趣旨の意思と解釈すべきことが多い。したがって追認の効果は遡及しないと考えるべきである。」(84頁)
 実質的に考えても婚姻や離婚において追認なる法律要件を考える必要性はない。追認があったと解される事案は過去の届出を有効とする趣旨より追認時に改めてその旨の合意をするとともに「戸籍訂正および届出のやり直しをしない」という趣旨に過ぎない。なので紛争性のある事案では新たに婚姻届を出せば良いだけだからである。追認意思を有する当事者であれば喜んで新たな身分行為の書式に真意で署名押印するであろう。むしろ逆に身分行為の追認を肯定することには極めて弊害が多い。相手方当事者の承諾なしに署名や印章を偽造する違法行為を裁判所が誘発させることになりかねないからである。身分行為において「遡及効のある追認」という要件事実は認められるべきではない。特に婚姻の無効確認を求めて訴えを起こしている場合、訴えを取り下げない限り追認にはならない。何故ならば真実婚姻意思があるのなら訴訟を取り下げ新たに婚姻届けを出すに違いないからである。
3 実際的考察
  婚姻を求めないという被控訴人の意思は訴訟提起により明確であるし、原審本人尋問でも明らかになっている。控訴人は本人尋問結果に何ら触れていないが、この尋問のどこをどう読めば婚姻意思が認められるというのであろうか。控訴人の主張は婚姻意思を認める間接事実たる意味が全く見受けられない。世上には同棲を継続しているカップルが多く存在する。彼らは「法律上の婚姻ではないこと」に意義を見いだしているのである。控訴人が「追認」なる主張を控訴審になって突如として言い出したことは、届出時点においては被控訴人に婚姻意思も届出意思も無かったこと(無効な届出であること)を控訴人自ら認めざるを得なくなったことに真の意義がある。本件届出が有効なものであるのなら「届出が無効であることを前提にした追認」という主張が出てくるはずがない。

* 福岡高裁は「婚姻無効」という原審の認定を是認した上で、控訴審における「追認」の追加主張も認めませんでした。よって相手方の控訴は棄却されました。  
* 相手方は最高裁に上告受理申立をしました。嫌がらせと思われます。
* 令和3年1月26日、当然のことながら相手方の申し立ては「不受理」となり福岡地裁小倉支部判決が確定しました。確定した婚姻無効判決を戸籍係に届け出て婚姻の記載は抹消されました。高齢の依頼者だったので生きておられるうちに戸籍事項の訂正が出来て良かったです(訴訟係属中に死亡すると訴訟は終了し遺族が再度訴えをしなければならなくなります・難儀です)。

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