法律コラム Vol.105

クレーン車追突事故における過失相殺

 原付バイクで低速走行していた学生がクレーン車から追突されて即死する悲惨な事故による損害賠償請求訴訟を受任したことがあります。刑事事件としては「クレーン車からバイクの走行状況が見えなかった」との被疑者の言い分について「合理的な疑いの存在が排斥できない」として不起訴になりました。民事事件は自賠法があるため原告による被告過失の立証は不要ですが被告から大幅な過失相殺の主張が為されました。この「過失相殺の抗弁」に対し原告側で認否反論した書面です。
* 何故に被告車速度が重要な争点になっているのか?というと運転手の死角を補うクレーン車のモニターは車速が一定程度以上になると作動しない(低速時しか画面表示されない)からです。原付バイクの法定速度が時速30キロメートルであるため、被害者学生が大幅な速度違反をしていたことを強調することで「過失相殺に直結させたい」という加害者・損保側の思惑がありました。

1 総説(問題の所在)
 検察官は「訴因が特定できない」として刑事責任追求を断念したが、この訴訟は民事責任を追及するものであるから判断構造が異なる。刑事訴訟では注意義務発生の時点と状況を特定し義務違反行為の態様(直近過失)を具体化する必要があるが、民事訴訟ではその必要がない。また刑事訴訟は検察官に主張立証責任があり「被告人の弁解」まで考慮した捜査を尽くすことが求められるが、民事訴訟では両当事者に主張立証責任が分配される。よって証拠に基づく事実認定の意義と問題点の位置づけが刑事訴訟とは異なってくる。以下では被告車の速度(2)バイクがクレーン車を追い抜いた位置(3)バイクの進路と接触原因(4)について各々論究する。
2 被告車の速度について
  乙*号証の作成時期は異質である。それは警察官による遺族への説明の後で実施され、作成された。検察官から警察に対する「指示」がされた気配が感じられる。検察官が本件事案を不起訴処分とするための「言い訳作り」という色彩すらも漂う。乙*号証の作成動機は被疑車両が事故現場手前の*店手前の交差点で信号待ちのため停止した可能性が認められたからだという。上記記載の意味は被疑者の弁解プロセスに併せて考慮しておく必要がある。被疑者は当初①本件は追突ではない(被害者の方から勝手にぶつかってきた)②追突時点の被害者の存在を運転席から確認出来ない(死角に入る)という2点を自分の刑事責任を否認する根拠としてきた。が、①についてバスのドライブレコーダーから被害者バイクが事故前にクレーン車より前に出ていることが裏付けられたので撤回せざるを得なかった。②については確かに追突時点において運転席からバイクが死角に入ることが確認された。そのため捜査官は過失を裏付ける注意義務と義務違反行為の時点を追突時より前にもってくる必要性に迫られた。ここで被疑者が創作した物語(免責ストーリー)が「自分のクレーン車は時速40キロ近くで走っていた・これより早いスピードでバイクが抜いていった・バイクの存在を認識することは不可能だ」というものであろう。そのため被疑者は③「*店手前の交差点で信号待ちのため停止した・その後全力でアクセルを踏んだので時速40キロメートルくらいになっていた」という弁解を始めたモノと思われる。
 検察官は被疑者のこの言い分が成り立つか検証すべく被疑者の言い分に従って走行させる実験をさせてみた。それは合理的な疑いを入れない立証を求められる検察官の職責であったかもしれない。が、民事訴訟における証拠の意味は異なる。当然ながら被疑者の言い分を前提にした捜査をしたこととそれが事故当時の客観的事実であったことの間には無限の距離がある。乙*号証は被疑者弁解を検証する趣旨のモノにすぎない。当時の車両速度を「鑑定」するような筋合いのモノでは無い。
 本件「測定」が行われたときに道路は他車両が排除されていたはずである。アクセルを最大に踏み込んで走行させる実験を行う場合に前に車両がいては危険きわまりないからである。実際の事故時において*観光バス(被疑車両の2台前方を走行)は*店手前の交差点で信号待ちのため停止している状況であった。*バス(被疑車両の9台後方を走行)も前方が渋滞停止しているため停止状態であった。上記事故当時の道路状況を裏付ける書証として乙*(ドライブレコーダー)がある。被害車両と被疑車両が同方向に進行している道路が極めて混雑しており、とても「アクセルを最大限に踏み込んで走行させる状況にないこと」が客観的に明らかである。以上の事実は、乙*添付のドライブレコーダーの写真や甲*・甲*・甲*の添付写真からも伺うことができる。本件「測定」時の道路状況と本件「事故時」の道路状況は全く反対なのである。*店は坂の頂上付近にあるので、それを過ぎて以降は事故現場までずっと下り坂である。頂上までであればともかく、下り坂に至っても「アクセルを最大限に踏み込んだ状態の操作を継続させる」という想定が異常なのである。ドライバーは下り坂になる時点でアクセルから足をゆるめエンジンブレーキを機能させるのが通常である。被疑者の弁解を検証する乙*号証の実験方法は極めて異常なモノなのである。
 上記作成方法を正確に認識するならば①は当該条件の下に置ける被告車の「最高速度」を意味することが判る。当該状況下の最高速度が時速*キロメートルということなのである。ゆえに乙*号証は事故時における道路状況に即した被告車の速度を特定する資料としては意味を持たない。混雑した道路状況だった本件事故時においてアクセルを最大限に踏み込んで走行することなどあり得ないことだったからである。乙*号証は検察官が公訴権の行使を躊躇させる材料として「合理的な疑い」を気遣い、それを考慮した証として作成された書証に過ぎない。甲*号証はバスの走行速度を「時速約10キロメートル」と推定している。
3 バイクがクレーン車を追い抜いた位置について
  本件証拠でバイクがクレーン車を追い抜いた位置の特定はできない。刑事責任追及においては決定的意義がある。追突時点の過失を訴因として構成できないなら検察官は直近過失を基礎づける事実を遡って特定しなければならないからである。検察官が公訴権の行使を断念したのはこれが大きい。本件は事実が明らかになったから不起訴になったのではなく明らかにならなかったので不起訴になったのである。被告は事実関係が明らかになっている如く主張するが全く意味不明である。
4 バイクの進路と接触原因について
  本件における車道外側線(道路上白線)と歩道端は狭い。バイクがクレーン車を追い抜いた後いかなる動きをしたかを示す証拠はない。被告はバイクがクレーン車を追い抜いた後で中央に寄ったという主張をしている。が、論理的に考える限り、両者の接近の態様としては①バイクがクレーン側に寄った②クレーンがバイク側に寄った③両者が僅かづつ接近する動きをしてこれらが競合した、という態様を考えることができる。本件事故が②③ではないという直接的な証拠はない(当然のことながら①であるという直接的な証拠もない)。実際に事故現場を歩いてみれば判るが、進行方向道路の車道外側線と歩道右端との間は極めて狭く、排水溝や障害物などがあったりしてバイクが進行するには困難を感じる。当職は事故現場でバイクが進行しているのを10分程度見ていたが、全てのバイクが車道の若干左より(車道外側線より50㎝ないし100数十㎝程度右側)を走行していた。ゆえに仮に本件においてバイクが低速度の被告クレーン車を左側から追い抜いた後、車道の若干左より(車道外側線より右側)を走行していたとしても、それは「通常のバイクの進行方法」に戻ったに過ぎず過失相殺事由として斟酌されるべき事実にはならない。

* 事故後の加害者側任意保険の態度は酷いものでした。「バイク側からクレーン車側に当たってきた」との加害者供述を鵜呑みにして一括対応を拒否した上、自賠責に関しても「重過失減額になるだろう」と嘯くなど、腹立たしい醜い対応でした。
* 双方の主張立証が出そろった後、裁判所から過失相殺をゼロとする和解案が提示されました。判決に近い事実認定が付され損害評価も認定根拠が示された異例のものです。裁判官の配慮を被害者の両親も十分感じました。被告も応じたので、争いのある交通死亡事件としては異例の尋問前和解が成立しました。和解条項は被告による「謝罪」を明示した上、支払名目は「賠償金」としています。
* 本件和解により死者の無念をわずかながら晴らすことが出来ましたが、失われた生命は戻ってきません。突然人生を喪った被害者の御冥福を心よりお祈りします。

前の記事

身分行為における追認