法律コラム Vol.95

自治体の内部統制と監査

馬場伸一様(某市元監査事務局)の講演を拝聴しました。地方自治体の内部統制が叫ばれる歴史的背景(総論)の解説が素晴らしかったので骨子を掲載します。

第1 理論的背景(経済学的分析)
 1 ミルトン・フリードマンの分析:「選択の自由」
   政府は「他人のお金」を「他人のため」使うので節約することや効用を最大化する動機付けが極めて弱い。会社のように「効率的な」お金の使い方が全く出来ない。
 2 フリードマンへの反論
   会社も最初は効率的でなかった(スミス「国富論3」(岩波文庫)。当時は監査役も会計士監査も無かった。その後に会社法や証券取引法が整備され株主と債権者の利益を守る体制が整った結果「会社は無駄遣いする」と評価されなくなっただけ。→監査委員制度の存在意義
第2 歴史的大転換期にある現在の位置づけ
 1 現在の位置づけ
   既存の仕組が「賞味期限切れ」になっている(始期:約30年前特に1989)。2005年以降「人口減少・税収減少社会」へ移行→行政のような惰性の強い組織には辛い時代。
 2 高度成長期のシステム :所得倍増計画(昭和35・1960)
  ①貧富格差が社会を不安定にし無謀な戦争へ向かったことを反省「所得の平準化」(直接税中心主義・累進課税による分配)。②株主に分配せず従業員に分配する「日本的経営」。③経済成長の果実が地価に反映「土地成金」増加。④条件不利地に公共事業で再分配する「土建国家」の成立。
 3 政府が楽勝だった時代と特徴
   ①経済成長・人口増・税収増が両立した。②貧困解消により社会問題の多くが減少した。③利益分配型政治の完成→中央とのパイプが政治資源に。④政治と行政の腐敗現象に対して国民自身も寛容であった。⑤冷戦期で外交や防衛も思考停止で良かった。
 4 高度成長の帰結(副作用)
  ①国民に「政治は不潔」という見方が蔓延していた。②官僚自身の「規律」も緩んでいた(官官接待が当たり前)。③地方の「陳情合戦」(中央官庁の日常的風景であった)。
第3 「失われた20年」の歴史を振り返る
 1 役所のスキャンダル(大炎上)の歴史
    カラ主張・接待汚職(大蔵省日銀)・外務省機密費流用・農水省偽装米事件・耐震偽装・夕張市財政破綻・社会保険庁(消えた年金)・会計検査院の摘発・政権交代(事業仕分)・原発処理(やらせメール)・財務省の公文書改ざん指示(未だに真相が究明されていない)
 2 公務員規律ルールの空洞化 組織の病理:法令遵守が崩壊。
 3 転換点①大事件の連続(平成7年・1995)
    阪神淡路大震災(1月17日)・地下鉄サリン事件(3月20日)
 4 転換点②市民目線の出現(平成7年・1995)
    市民オンブズマン活動が活発化(公金の不正支出が暴露)
 5 転換点③大蔵日銀接待汚職事件(平成10年・1998)
    大蔵省金融検査官他7名逮捕。自殺者3名・大蔵大臣日銀総裁が辞職。
   1996住専処理・1997アジア通貨危機・山一証券と拓銀が破綻
   1998日本長期信用銀行が破綻 →「公的資金投入」への国民の憤慨。
第4 公務員規律改革の内容
 1 国家公務員倫理法(2000)
    官官接待の禁止。地方公務員についても各地で倫理条例が制定された。
 2 情報公開法(2001)
    地方自治体に於ける情報公開の進展。いわゆる「口利き」を防止する。
 3 公益通報者保護法(2006)
    腐敗を防止するための手段として期待された(期待外れ?)。
第5 始まった「普通の国」
 1 人口減少社会への対応
    第31地方制度調査会(2016)→2019年地方自治法改正。
 2 夕張市巨額粉飾事件
    財政再建団体申請を表明(2006)→マーケットを震撼させた。
第6 内部統制の意義
 1 アメリカ「エンロン事件」と「SOX法」
    5大会計事務所の1つであるアーサーアンダーセンが解散に追い込まれた。
   →「上場企業改革と投資者保護法」(通称SOX法2002)
 2 日本「西武鉄道事件・カネボウ事件」 →日本版SOX法(2006)
 3 会計基準の変更
     →金融商品取引法施行(2008)と改正地方自治法施行(2020)
第7 顕在化する諸課題への対応
 「自治体戦略2040構想研究会・第2次報告書」(2018年7月5日)
①若者を吸収しつつ老いる東京圏と支え手を失う地方圏。②標準的人生設計の消滅による教育機能不全。③スポンジ化する都市と朽ち果てるインフラをどうする?

* 馬場様は「歴史オタク」を自認されています。講演後に雑談をさせていただいたのですが歴史オタク同士で極めて共感するところがありました(笑)。

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