法律コラム Vol.112

名義預金の扱い

 実体と異なる名義だけの預金が作られることがあります。多いのは子の名義で親が預金する場合です。名義預金であることに共通認識があれば良いのですが、名義人が実質的に「自分のもの」と主張すれば紛争になります。以下に挙げるのは子の名義で形成された農業者預金の実質的帰属者が争われた事案の被告側主張書面です。

第1 農業費用に関する証拠の分析
 1 総説
   農業とは農地(田畑)に人間が働きかけを行い、収穫を得て売り捌き、自己の所得にする永続的な営みである。したがって「農業所得が誰に帰属するか」を議論するに当たっては農業の要素である土地・労働・働きかけの道具類その他の農業経費を誰が・どのようにして・負担していたかを認識することが不可欠である。
 2 土地
 (1)本件農地は全て*が所有していた。固定資産税は*が全額を支払ってきた。
 (2)本件農地を*が原告に贈与する意思を示したことは無いし死後に相続させる意思もなかった(甲*)。子への農業承継が行われている場合、その子への生前の贈与ないし遺言が行われていることが通常である。本件における*の意思解釈に当たり重要な意義を有する。原告は「農業承継の有無とは関係が無い」と主張するが全くの詭弁である。原告への実質的な農業承継が無かった(農業者年金の方便だった)からこそ*は農地を含む財産を被告に相続させる遺言を残したのである。
 3 労働
 (1)本件における主たる農業労働は*と妻*(父母)が担っていた。原告は*株式会社の正社員であり、休日にたまに手伝う程度に過ぎなかった。
 (2)原告は*が(給料代わりに)光熱費等の支払を控除した農業収益の一部を支払うことを申し出たと主張している(訴状)。主たる農業労働は*と*が担っていたが、その手伝いを原告が(フル勤務する会社休みに)していたことは間違いないので少し給料代わりの金員を支払う用意があったことを意味している。
 (3)原告は*と*に対して給与を支払っていたと主張するも、その証拠は無い。もしも、かような事実が本当にあったのならば*が「給料代わりに光熱費等の支払を控除した農業の収益の一部を支払う」などと申し出るはずはない。
 4 農機具類
 (1)現代の農業において不可欠な農機具類を*は*農機商会から購入していた。典型的な直接経費である。この農機具購入にあたって原告が支出をした事実はない。*の支払を原告が返還した事実も一切無い。
 (2)原告は平成*年頃500万円ほどするコンバインを購入したと主張し、その証拠として乙*号証を示している。明確に事実に反する。コンバインは*が平成*年*月*日*農機商会から購入した(乙*)。これを減価償却の対象財産として原告名義で申告書類に載せているだけである。
 5 その余の農業経費
 (1)総説
    乙*号証は*が農業活動のために支払った経費をつづったものである。内容的に広範にわたるので直接費・間接費の枠組みで整理する。その大前提に立ち原告の主張を検討する。本件証拠の量が膨大なので項目だけを示す(日付・金額は略)。
 (2)直接費(略)
 (3)間接費(略)
 (4)支払者
    上記膨大な農業経費は全て*が支払っている。中には少し原告名義領収証があるが、その場合も支払っているのは*であって原告ではない。
 6 預金通帳(甲*)からの支払の位置づけ
  原告は経費の一部を支払ったとして購買代金・軽自動車税・共済掛金を挙げる。しかし、これらは当該通帳から振込が行われている事実を示しているに過ぎず、それが「実質的に誰に帰属するか」を示すものではない。本通帳からの支払は、被告の立場では*が自分の通帳から支払ったと評価される。原告名義の通帳が実質的に誰に帰属するか?という問題は通帳以外の客観証拠によって議論しなければならない。
第2 法的な見方
 1 費用と売上の関係
 (1)本件は損益計算書が作成され、これをふまえて申告書類が作成されている。複式簿記の原理上、貸借は必ず一致しなければならない。「ある主体に貸し方だけ計上され別の主体に借り方だけ計上される」など会計理論上あり得ない。
 (2)原告のアルバイト代程の労務を除く農業の費用は*が負担している。費用に対応する売上げを計上できるのは*である。*中央青果市場伝票はこれに従って作成されている(乙*)。原告が対外的に作物を売り捌いた事実は全く無い。
 2 所得の帰属
 (1)所得とは「売上げから経費を控除した残り」である。経費を負担していない者に売上げが帰属することは無いし同人に所得が帰属することも無い。
 (2)実質的な意味で原告が営農者になっていたのであれば原告は経費を*に支払わなければならない。所得だけ原告に帰属し費用だけは支払を免れる奇異な論法が許されるのならば、原告こそが脱税をしていたということになる。何故ならば本件申告書上に位置づけられる経費を原告は支払った事実が無いからである。本件申告書類は*が得た売上げと支払った経費を前提に作成されており「原告名義で」提出されているに過ぎない。農業経営分析表の原本(乙*)が原告ではなく*の手元にあった事実こそ、その象徴的な意義を有する。(以下略)
 
* 名義預金の存在が紛争解決の障害になっている事案は多く存在します。場面毎に実質的な証拠関係を精査した上での細かい主張立証が不可欠です。
* 本件事案は裁判所から「本件預金が原告のものではないこと」を前提とした良い和解案を作成頂き、これを両者が受諾したので和解で終了することが出来ました。親族内の紛争でしたから円満に終了出来て良かったです。

前の記事

将来の給付の訴え

次の記事

弁護士会ADR3