法律コラム Vol.98

住民訴訟と住民監査

住民訴訟に関する近時の判例について吉井信雄先生(名古屋市立大学特任教授)から教示を得る機会があったので備忘録として取り纏めました。いずれも社会の注目を浴びた重要な最高裁判例です。末尾に住民監査請求に関する吉井先生のメモを付けておきます。

1 議員の海外視察(最判平成14年7月16日)
  埼玉県議会の欧州視察旅行は「単なる観光旅行」だ・旅費等の支出が地方財政法4条1項・地方自治法2条13項に反するとして支出をされた職員に対する損害賠償請求が為された。争点は監査請求の起算日(時効の関係)であった。最高裁は「公金を支出するための一連の行為だが互いに独立した財務会計上の行為であるから、それぞれが監査請求の対象となる・監査請求期間はそれぞれの行為があった日から起算すべき」と判示。不適法として訴えを却下した1審判決が確定した。
2 博覧会に伴う契約締結(最判平成16年7月13日)
  名古屋市による「世界デザイン博」が開催された。市長を会長とする財団法人が設立された。入場者数が想定をはるかに下回り、入場料で経費を賄えないため、博覧会で使用した物品購入を法人が市に要請。結果、市が50件購入する契約を締結した。住民(市民オンブズマン)が「赤字補填のための違法な契約だ」と主張して訴訟を提起した。1・2審とも市が敗訴した(1審は民法108条を類推適用・2審は議会の追認を認めたが裁量権の逸脱ありとして無効)。最高裁は民法108条の類推適用は認めたものの追認議決に裁量権の逸脱はないとして住民側が逆転敗訴。
3 市長個人が巨額賠償義務①(最判平成17年9月15日)
  京都市に計画されたゴルフ場開発を市が不許可。業者から買取り請求があったため市は47億円の鑑定額で購入した。住民約900人が「鑑定は杜撰で高額すぎる」と反対。3800人による監査請求が認められなかったため住民訴訟へ移行。1・2審は土地取得の必要性の見地や額に関する議会審議が内規に反する(不動産評価委員会にかけていない)ことを理由に適正額21億円を超える部分を市長が支払うよう判決し確定した。元市長遺族は限定承認し8000万円を支払った。6年後、債務は利息を付して48億円に膨れ上がる。市は最終的に「未収金」として欠損処理した。
4 市長個人が巨額賠償義務②(最判平成18年12月)
  大阪府交野市で動物霊園の建設計画に対する住民の中止要望を受け市が業者側と交渉する。市は土地代金4600万円に加えて補償金1億3200円を上乗せした。これが違法であるとして住民訴訟が提起された。1・2審ともに「損失補償の必要は認められない」として前市長に1億3200万円を支払うよう命じた。最高裁も支持した。市長は自宅を不動産競売にかけられた。
5 政教分離原則と公費支出の違法性(最判平成22年7月22日)
  白山神社御鎮座2100年大祭奉賛会の発足式に市長が来賓として公用車で神社に行き挨拶した。運転手には時間外勤務手当を支出した。これが「政教分離に反する」として提訴された。1審は請求棄却。2審は「社会的儀礼の範囲を逸脱しており憲法違反」と判示。しかし最高裁は「祝辞が宗教的かかわりを持つことは認められるが、観光資源としての意味もあり諸般の事情を勘案すれば政教分離原則には違反しない」と判示した。
6 住民訴訟債権の議決による放棄(最判平成24年4月20日)
  神戸市は「労働者派遣法」の規定を受け「公益法人等への職員の派遣等に関する条例」を制定した。ただし人件費については法令および条例の方法によらず補助金の一部を充てていた。住民は労働者派遣法違反として住民訴訟を提起した。1審は原告勝訴。2審の審理中に神戸市は条例を制定し「給与等を支給できる」こととし附則で「損害賠償請求権・不当利得返還請求権を放棄する」とした。2審は55億円余の損害賠償請求権・不当利得返還請求権の義務付を容認。係争中の議決は「議決権の乱用(住民訴訟制度を根底から否定するもの)だから無効」とした。が最高裁は「市長に注意義務違反はない・本件議決に裁量権の逸脱はない」とした。
7 国立マンション景観条例(最判平成28年12月15日)
  国立駅前大学通りは桜並木の景観で著名だが、バブル期に景観を売りにした高層マンションが計画された。96年に原告300人の景観訴訟が提起され、99年に原告団長だったU氏が市長に当選。業者がマンション建築計画を市に提出。住民は変更要請をした(この時点で高さを制限する条例はなかった)。業者は工事を開始したが、その後に市は高度制限条例を可決。このため業者が条例の無効確認と損害賠償を求めて提訴。1審は業者勝訴。高裁は業者敗訴。最高裁は市による営業妨害を認定した。市は業者に3123万円を支払い。業者は市民の反感を恐れ同額を市に寄付。賠償金支払いに関し住民監査請求と住民訴訟が提起された。1審は市長敗訴。控訴取下(確定)。元市長は支払いを拒否。市議会が求償権を放棄する旨の議案を可決した。

* これらの訴訟は監査請求前置主義のため監査委員の監査を経て提起されます。吉井先生が指摘する住民監査請求における心がけ。>受理され審査された監査請求には理由のあるものが多い。住民監査請求は他人事ではない。「組織の健全化に生かせないか」という視点を持とう。市民は「これはおかしい」として監査請求を行うのだ。仮に思ったとおり勧告されず請求が棄却されても「理由中の判断」で主張が相当程度認められたら(ある程度)納得できる。ポイントは①事実認定(「住民側の主張に正しいものが含まれている」と公的に認定する)②勧告(意見をつけ当局に改善を促す・監査請求をきっかけにして問題点を洗い出し組織運営を改善させる)の2点である。
* 地方自治法改正(平成29年)により長や職員等の地方公共団体に対する損害賠償責任の有無についてその職務を行うにつき長や職員等が善意かつ無重過失の場合は、賠償責任額を限定し、それ以上の額の免責を条例で定めることが可能とされました。また議会が当該請求について損害賠償請求権等の放棄に関する議決をしようとするときは監査委員の意見を聴取すべきものとされました。逆に言えば、監査委員がこれを支持する意見を提出し放棄等の議会議決がなされれば請求は棄却されることになります。監査委員にとっては極めて荷が重い制度と言わなければなりません。

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