法律コラム Vol.23

中間利息控除

 損害賠償請求訴訟における損害算定においては、将来の利益を現在に引き直すために中間利息を控除する係数を入れます。裁判例としては複利方式(ライプニッツ式)が優勢ですが、私は現在の市場金利のもとでは単利方式(ホフマン式)が正しいと感じています。

第1 中間利息控除方法の意義
1 実務の流れ
 現在の賠償実務の基礎を作ったのは東京地裁昭和46年5月6日判決とされる。上記判決は従前ホフマン係数で算出していた賠償実務を否定し年5パーセントの割合によるライプニッツ係数を採用したものだからである。これをきっかけとして東京地裁方式を盲従する地方裁判所の年5パーセントの割合によるライプニッツ係数にもとづく中間利息控除が広まっていった。上記判決の根拠とされたのは「銀行で複利運用すればホフマン係数で計算すると現在利益に換算して多額の金額を入手することになり不当だ。市場金利の実態にあわせた複利計算をすべきだ。」という保険会社の理屈であった。現在と異なり市場金利の実態が当時は保険会社に有利に援用されていたのである。ただ、東京地裁方式は全国一律に広がったわけではない。大阪地裁方式も根強く存在していた。大阪高裁や名古屋高裁管轄地域を中心に「若年者にあっては一生涯初任給を固定すべし」という別の観点で不合理な方法が採られていた。この方式だと(若年者の場合は)東京地裁方式より更に1000万円以上も賠償額が低くなる場合があることすら指摘されていた。事案が全く同じであっても地域によって1000万円以上もの賠償額の差異が生じる驚くべき事態がこの国の司法に存在していた。法の下にある裁判官が憲法14条を無視して「賠償実務」なるものに拘束されていた。東京と大阪で取り扱いが違うという事態が長年放置されていたのであるから、この問題は「法」の問題ではあり得ない。「事実」の問題であるからこそ当事者間に争いがあれば裁判官は「証拠」によって事実認定をしなければならない。
2 控除方法に関する下級審裁判官の責務
  この問題について最高裁は絶対唯一の基準を示しているわけではない。最高裁はそのいずれとも不合理とは言えないと判示している(最判昭和37年12月14日、昭和53年10月20日、平成2年3月23日、平成2年6月5日、平成11年10月22日)。したがって、原告が一貫してホフマン係数を主張しているにもかかわらず、下級審裁判官が、これを否定して現在の銀行金利の下でも・なお年5パーセントの利率による複利計算(ライプニッツ係数)を採用するためには、その「合理性」を証拠に基づいて証明しなければならない。
3 三庁共同提案の意味
  地域による賠償実務の取り扱いの差異は異常と見たのか裁判所で「三庁共同提案方式」なるものが提唱された(平成11年11月22日)。「全国一律」の名の下に年5パーセントのライプニッツ方式による中間利息控除を強要するものだった。年5パーセントのライプニッツ方式が「合理的」なものとされた。が現在の銀行金利のもとでかかる運用が何故に合理的なのかという実質的根拠を示した判例は存在しない。
4 事実問題としての中間利息控除
  中間利息控除は事実の問題であるから、法律家以外の者も論理的に議論できる問題である。経済学者の計算によれば、現在の実務の中で取得される賠償額を現実に運用してみた場合(例として23歳の男子が交通事故の被害者になったとする)67歳までの44年間の逸失利益として算定されたはずの賠償額がわずか14年で底をつくことが指摘された(二木雄策「交通死」岩波新書140頁以下)。かかる指摘を受けて、事実としての損害評価を適切に行おうという気運が高まった。
 是正の動きは当初「表計算方式」となって現れた。判例として名古屋高裁平成4年6月18日判決が最初であり、奈良地裁平成5年6月16日判決、岡山地裁平成6年2月28日判決にも引き継がれた。さらに、ライプニッツ方式を前提として年4パーセントによる控除を認めた福岡地裁平成8年2月13日判決、東京高裁平成12年3月22日判決が続き、年3パーセントによる控除を認めた長野地裁諏訪支部平成12年11月14日判決、年2パーセントによる控除を認めた津地裁熊野支部平成12年12月26日判決が続いた。(東京高裁以下の判決は「三庁共同提案方式」の発表の後になされたもの。三庁共同提案方式は決して「法」ではない)。
5 利率に関する最高裁判例
 控除で用いられる利率を証拠により適切に認定することにより「現在受領する金額を将来の得べかりし利益に合致させよう」とする下級審判例は二木教授らの論理的疑問に答えようとする裁判官の良心であった。マスコミも問題を大きく取り上げ概ね好評であった。が、かかる一連の裁判例に対し冷ややかな対応をする裁判官も少なからず存在した。その唯一の根拠は法的安定性であった。かかる流れの中で最高裁判所は平成17年6月14日、中間利息控除に用いる利率は特段の事情無き限り年5パーセントと判示した。現在の問題は年5パーセントを前提に「将来取得しうべき金員を現在取得することにより運用して得られる利息を控除することによって、元利の合計金額を損害額に一致させる合理的係数は何かという実質的な問題である。
第2 単利方式が相当である理由
1 中間利息控除の意義への合致
  中間利息控除で問題になるのは「将来取得しうべき金員を現在取得することにより運用して得られる利息を控除することによって元利合計金額を損害額に一致させる合理的係数は何かという事実問題である。数学のように唯一絶対の正解があるのではない。
2 現在の預金金利
  現在の定期預金金利は年1パーセントにみたない状態が長期間続いている。日本経済の熟成にしたがって将来的にも金利が5パーセントの高い水準になることはあり得ない。政策的にも我が国の国債発行残高の多さから見て高金利政策は国債償還負担を厳しくするもので不可能と考えられている。
3 経済学者試算との整合性
  現行実務で取得される賠償額を運用してみた場合、67歳までの44年間の逸失利益として算定されたはずの賠償額が現実にはわずか14年で底をつくのであれば「法的安定性」が許す限りにおいて現実の運用実績に近い計算方法を採用するのが合理的である。
4 説得的な高裁判例
  かかる中で福岡高裁平成17年8月9日判決はホフマン方式を採用した。「利息に関して民法はその404条で法定利率を定める一方、これに続いて同法405条で法定重利(複利)についての特別の要件を定めているが、この内容からすると、その要件を具備した場合に初めて法定重利(複利)を認める反面、そうでない場合には利息については単利計算を原則とする旨定めているものと解するのが相当である。そうすると、それ自体が利息に関する問題である中間利息の控除においても民法がその404条に定める年5パーセントの法定利率を採用する以上、その法定利率による控除方式としては、特段の事情無き限り、民法405条が定める原則である単利に相当する方式、すなわちホフマン方式を採用するのが民法の定めるところにより合致しているものと解される」。札幌高裁平成20年4月18日判決も以下のように判示している。「民事執行法等における中間利息の控除にあたっては、複利方式であるライプニッツ方式ではなく、民法が前提とする単利計算(民法405条)を用いたホフマン方式により行われているのであるから、法的安定及び統一的処理の見地からすれば、損害賠償額の算定にあたり被害者の逸失利益を現在額に換算するための方式はホフマン方式によらなければならないというべきである。なお、実質的に考えても、本件のように逸失利益の基礎収入を被害者の死亡時に固定した上で将来分の逸失利益の現在価値を算定する場合には、本来名目金利と賃金物価上昇率との差にあたる実質金利に従って計算するのが相当であるところ、本件事故時における実質金利が法定利率である年5パーセントを大幅に下回っていたことは公知の事実である。法定安定性の見地から民事法定利率を用いるべきであると解する以上、被害者が被った不利益を填補して不法行為がなかった状態に回復させることを目的とする損害賠償制度の趣旨からして、被害者が受け取るべき金額との乖離がより少ないと考えられるホフマン係数を用いるのが相当である」。
5 説得的な裁判官論考
  大島真一判事は判例タイムズ1228号(2007・3・1)53頁以下で説得的な論考を発表されている。論点は多岐にわたるが、以下の記載が特記される(同59頁)。「東京地判平成6年12月8日交民27巻6号1786頁は資産の運用方法が預貯金に限定されていないことを、東京地判平成12年2月28日交民33巻1号318頁は資産の運用方法は国内のものに限定されていないことを年5パーセントを相当とする理由の1つとして挙げるが、被害者は投資家ではないのであるから、銀行預金以上に有利な投資をすることを前提として中間利息控除の問題を考えるのは相当ではないであろう。」さらに大島判事は以下の点も指摘する(60頁)。「仮に将来において年5パーセント以上の高金利時代が到来したとする。その場合には物価や賃金が同様に上昇し、貨幣価値の下落が生じているはずである。とすると実質年率はかなり低くなってしまう。銀行金利には2割の所得税がかかることも念頭に置くべきである。」以上をふまえ大島判事は「年5パーセントのライプニッツ方式で中間利息を控除するのは相当引きすぎていることは否定できないであろう」と結論している。
 
* 平成22年3月2日、最高裁は34歳女子の死亡逸失利益の算定に関し、ホフマン係数を採用した札幌高裁平成19年7月13日判決を「不合理とは言えない」として是認しました。
* 私は福岡地方裁判所八女支部平成24年7月5日ホフマン係数採用の判決を得ました。興味がある方はご覧ください(自保ジャーナル№1878・42頁)。

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