久留米版徒然草 Vol.353
文章化の作法
松村栄子「京都で読む徒然草」(京都新聞出版センター)の記述。正座して拝聴する。
書いてみれば判ることですが、どれほどたやすいテーマであっても、どれほど正しい主張であっても、誠実に考えれば考えるほど、正確に記そうとすればするほど、例外や補注が増えて煩雑になり、明快な結論に至ることが難しくなります。(略)
指導者の中には断定的にものをいう人がいますが「~であらねばらならい」的な厳しさを主張するのは二流の人ではないでしょうか?もし頂上に達したのであれば、そこへ至る別の道もあったことに気づくはずだからです。それは自分が登ったのとは反対側にあったかもしれない。その時点で「~であらねばならない」は崩壊します。
そう、誠実であるほど、正確であるほど「断定的なものの言い方」は出来なくなる。頂上に近づくほど「視点が複数化する」し「反対側の道」にも気づく。今後の戒めにします。

