法律コラム Vol.116

給与差押の取消申立

民事執行は既に期限が到来している債権に関して為されるのが原則ですが扶養義務等にかかる定期金債権(養育費)で執行する場合、民事執行法151条の2第1項により期限が到来していない債権についても予備的な(将来にわたる)差押が認められています。この規定による給与差押命令を受けた男性の依頼による執行取消の申立(同153条)が認容されたので書面の一部を紹介します。

  1. 申立時の状況

    債権者は養育費を2人分で1ヶ月*万円と定める公正証書を債務名義として御庁令和*年(ル)第*号債権差押命令申立事件を申し立てた。*月*日裁判官は差押命令を発している。しかしながら、その命令前である*月*日に債務者は銀行振込で遅滞分を履行しているので、この時点で債務者の未払分は存在しなかった。

  2. 事後の事実関係
    1. 債務者は当職の指導のもと*月*日・*月*日・*月*日と各*万円を債権者指定口座に振り込んで支払っている。並行的に本件債権差押さえは継続されているので明確な「2重払いの状態」が続いている。
    2. *家裁の手続中、2重払いを避けるため任意支払は停止することが合意された。よって*月分は支払っていない。合意が無い限り債務者は任意支払を継続する。新しい養育費の額が家庭裁判所で確定されるなら従前の公正証書は事実的基礎を失う。
    3. *家裁において「2重払い」により生じた過払金を今後の養育費の支払額で調整する案が提示された。本件執行が継続されると過払金の計算が迂遠になる。
  3. 本件事案の特殊性(略)
  4. 法的根拠

    扶養義務等にかかる定期金債権で執行する場合の特例(民事執行法151条の2第1項)は、確定期限が到来していない債権について、養育費等支払の実効性確保の観点で平成15年8月1日民事執行法改正により「特例」として認められたものである。この高度の必要性が認められる場合にのみ合理性が存在する。予備的差押さえが必要でないと認められる状態が出来た場合、債務者は民事執行法153条により差押命令の全部または一部の取消を求めることが出来るとされている(「基本法コンメンタール民事執行法第6版」日本評論社434頁)。

  5. 結論

    前述した事実に法を正しく適用すれば本執行は直ちに取り消されるべきである。特に*分に関する執行の意味は(執行の基礎となった債務名義と実態が完全に乖離しており)皆無である。*分も債務者は債権執行が為された後も継続的に任意の支払を継続している。実態と離れた債務名義による執行を継続する意義は認められない。そもそも「扶養義務等にかかる定期金債権を請求する場合の特例」(民事執行法151条の2第1項)は確定期限が到来していない債権につき養育費等支払の実効性確保の観点によって民事執行法改正で「特例」(例外)として認めたものである。その必要性が無くなっている本件において例外を継続する意味は無い。百歩譲って過去分は取消事由に当たらないと判断される場合も、将来的に給与差押を継続するのは(確定期限が到来していることを執行の要件とする)民事執行法の趣旨に反するというべきであるから、本件債権執行は将来的に取り消されるべきである。

* 執行裁判所は将来分(翌月分以降)に関する給与差押を取り消しました。これに伴い当職は家庭裁判所に申し立てていた審判前保全処分事件を取り下げました。

* 本案を審理する家庭裁判所は双方の言い分を勘案する内容の審判を出しました。当方が二重払いしていた額を考慮して、一定期間は過払金を控除し、事後は認定した額(若干減額)の支払いを定める合理的な内容でした(相手方は支払い期間の延長も求めましたが否定)。

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