法律コラム Vol.4

決議の瑕疵と訴えの利益

1度だけ最高裁弁論をしたことがあります。事案は医療法人の総会決議不存在確認請求事件。福岡地裁久留米支部が請求を認容したのに対し福岡高裁は「訴えの利益」を否定し訴えを却下しました。そのため気合を入れて上告受理申立を行ったものです(大脇久和弁護士との共同)。

第1 総説
 本件は医療法人の社員総会における決議不存在確認請求訴訟であるが、これを直接に議論する判例学説が少ない。そのため本稿は議論の蓄積が豊富な「会社法上の諸制度」をまず検討する。その上で「医療法人において決議の瑕疵を争うことの法的意義」を明らかにし、もって原判決に「法令の解釈に関する重要な事項」が含まれることを明らかにする。
第2 会社法上の諸制度の意味
1 制度の意義
 (1)決議取消訴訟(商法247条以下)
  決議取消の訴えの法的性質は形成訴訟であって、決議は取消判決の確定によって無効になるが、それまでは一応有効に存在し、また提訴期間が経過すれば瑕疵が治癒され、その効力を争えないものとなる。かように効力を争うのに訴えによらなければならない上に、訴えの提起権者及び提起期間が限定されていることが特徴的である。これは取消事由が決議の不存在や決議内容の法令違反のように重大な瑕疵でないため取消の訴えが決議の法的安定性を考慮した制度とされていることを示すものである(以上につき鈴木竹雄「新版会社法全訂第5版」177頁)。
 (2)決議無効確認・決議不存在確認請求訴訟(商法252条)
  決議が存在しない場合または決議の内容が法令に違反する場合は、事柄の性質が重要なため、確認を求める正当な利益がある限り、誰でも何時でも訴えを提起することができ、その判決の効力は第三者にも及ぶ。効力を争うのに訴えによらなければならないものでもない(鈴木178頁)。
2 実体法的要件設定と訴訟法的要件設定
  決議取消訴訟においては訴えの提起権者及び提起期間が法定され、管轄・審理・原告の責任・担保提供・裁量棄却など本来は訴訟法的な規定まで商法で規定されている。逆に表現すれば、これらを満たす限り、別途訴えの利益といった純然たる訴訟法的要件は議論の対象とならない。決議取消訴訟においては厳格な実体法的要件設定がなされているため濫訴のおそれは実体法的に解消されている。これに対し決議無効確認・決議不存在確認請求訴訟においては訴えの提起権者及び提起期間が法定されていない。「誰でも・何時でも」「訴訟外でも」主張することが出来る。実体法的な厳格な要件設定はなされていない。その理由は事柄の性質が重要なためである。が実際のこの類型の訴訟においては多くの場合被告から訴訟要件が独立に問題とされる。瑕疵がより重大な類型を訴訟法的要件で(実体審理の前で)切ろうとするのである。
3 公益権の倫理化の問題点
 (1) 江頭憲治郎教授は「従前から法令を遵守した総会決議が行われておらず、関係者の誰もがそのことを問題にしなかったのに、経営権争いに敗れて少数派になったとたんにその瑕疵を攻撃することに対し否定的評価をする裁判例もあるが、そのことだけで原告を批判すべきではない。」かかる趣旨の判例は「いささか共益権の倫理性を強調し過ぎている」と指摘されている(江頭「株式会社法・有限会社法」255頁)。もともと会社法は、会社の内部では「一部の者が他の者の利益を犠牲にして自己の利益を追求し、対外的には会社が債権者の利益を侵害することが少なくない」(北沢「会社法第六版」6頁)ため、強行法規とされ罰則まで設けられているのである。会社法は倫理的な行動主体を前提とした法ではないのである。
 (2) このように、もともと会社法の規定は自己の利益を追求する株主・債権者・取締役各々の利害を調整するために作られており、その枠の中で各プレーヤーがいかなるプレーをしようと法は関知しないはずである。司法制度改革審議会の最終答申の趣旨もそのようなものではなかったか。従来、日本の行政・司法制度は事前規制型の紛争防止型スタイルであった。そこでは「自己の利益を追求して紛争を起こすこと自体が悪」とされ、自己の欲望を押さえ込み、国の定める「良い」権利行使の仕方をする「良い」原告のみが裁判所の救済を受けるにふさわしい者と想定されていたのである。これを会社法的に表現したものが江頭教授のいう「共益権の倫理化」なのである(かかる解釈を押し進めたのが戦前の学説であったことに留意されよ)。現在要請されているスタイルは、大胆にプレーすることを認めると共に、ルール違反については厳しく否定的評価を加えるということである。司法制度の改革とは制度の外側だけをいじれば終わりということではない。訴訟の中心になる裁判官の発想法そのものを事前規制型から事後処罰型へ変えなければならないのである。
4 総括
 以上を要約すると事柄の性質が重要なため実体法的な要件設定がなされていない決議無効確認・決議不存在確認請求訴訟において商法252条が準用する手続的制約を越えて抽象的な「理論」で原告の訴えを退けるのは現代における会社法の理解を全く誤ったものという他はない。瑕疵がより重大な類型の訴訟を瑕疵がより軽い訴訟類型より訴訟法的要件で狭くするのは不合理である。
第3 医療法上の考察
1 総説
 本件は医療法人における社員総会の瑕疵を巡る訴訟であるから、この点からの考察が不可欠である。以下ではまず医療法ないし民法の規定を比較確認し(2)その上で商法類推適用の可否を検討する(3)。最後に医療法人監督の特殊性を議論するものとする(4)。
2 医療法と民法の規定
 医療法人は営利を目的とする存在ではなく法的には公益法人に近い(野田寛「医事法」中巻340頁)。医療法人には社団医療法人と財団医療法人があるが、前者は「社員の総意による民主的かつ柔軟性のある運営が可能だという利点」を有する代わりに「事業の継続性・安定性の欠如の欠点」のおそれがあると指摘され、逆に後者は「事業の安定性・継続性」がある一方「運営の民主性・柔軟性を欠く」という欠点を有すると指摘されている(野田前褐書)。ここでは社団医療法人の存在意義が「社員の総意による民主的かつ柔軟性のある運営」にあると指摘されていることを確認されたい。社団医療法人は社員を構成要素とし社員総会によって法人の最高意思が決定され法人が管理運営される(医療法68条・民法63条)。かかる意義を有する社員総会における決議の瑕疵につき医療法には規定が無く、準用する民法にもこれを規定した条文が存在しないので全て解釈にゆだねられる。
3 商法類推適用の可否
 民法上の公益法人に関して、その社員総会の決議の瑕疵につき(公益社団法人の性質に反しない限り)商法の規定が類推適用されるべきだという注目すべき見解がある(石田譲「民法総則」195頁)。が、これは単独説と言ってもよく、通説は解釈論として民法上の公益法人に関し決議取り消しの訴えを認めることは困難とする(「新版注釈民法1」413頁)。故に一般原則により「いつでも誰でも」「訴訟外でも」決議の瑕疵を主張できる。医療法人の解説書にはこのことを明記するものもある(高橋・長「医療法人の法務と税務」89頁参照)。
4 医療法人監督の特殊性
 医療法人は剰余金の配当が禁止されており(医療法54条)設立等は知事の許可を要し(同44条)決算届出や業務会計報告など(同51条・63条)多くの行政的規制を受けている。が、これらは形式的なものであり、行政庁が実質的監督を行うことは無い。行政庁が行うのは医療の適正配置や衛生管理ないし徴税的関心もかねた経理のチェックくらいであり「社員の総意による民主的かつ柔軟性のある運営が可能であるという利点」が十分に発揮されているか否かは監督の対象外である。この意味で(株価という形の)市場による監視や(共益権の行使という形の)株主の監視を受けている株式会社の経営者よりもその運営は野放し状態といえる。事実、社員総会が全く行われていない医療法人は少なくないはずであり、このことが医療のモラル低下に大きく寄与したことは誰も否定できないところと思われる。医療法人が「社員の総意による民主的かつ柔軟性のある運営が可能であるという利点」を十分に発揮出来るか否かは社員の権利行使がどこまで認められるか否かにかかっている。行政庁が行うのは医療適正配置や衛生管理や徴税的関心による経理チェックくらいであり、これを越えて行政が医療法人の内部的運営にまで口を出すのは時代に逆行する。現在必要なのは各人が大胆にプレーすることを認めるとともにルール違反に対して否定的評価を下すことである。
第4 訴えの利益の具体的判断基準
1 考え方の類型化
 (1) 考慮不要説(利益無条件肯定説)
 以上述べた事後規制型社会における法人運営に関する監督の必要性の高さを追求すると、訴えの利益はほぼ無条件に肯定されるべきことが帰結される。ここでいう利益とは自己の利益ではなく法人の健全運営という共同の利益を言うからである。この説では、法人側で対抗する手段としては、事前には担保提供の要求(商法249条)、事後的には損害賠償(商法109条2項)があり、これでも裁判所が認容を躊躇するときは裁量棄却(商法251条)を行えば足りる(類推適用となろう)。
 (2) 具体的必要説(独自利益否定説)
 反対に、公益権の倫理化を要求する見地からは決議無効ないし不存在確認の訴えは他の法的手続の手段となる場合でしか認めないという考え方もあり得る。これは決議無効確認・決議不存在確認請求訴訟は形成訴訟ではないから他の訴訟の前提としても提起しうる・むしろ決議無効や不存在は他の訴訟の攻撃防御方法として議論すれば足りるという考え方に立脚する(松田「新会社法概論」204頁)。この説では対象となる決議につき認容判決が得られたとして具体的にいかなる法律関係を攻撃するのかが特定されなければならない。かかる攻撃目標が完全に特定されない限り悪意による訴訟提起とみなし訴えの利益を否定するのである。
 (3) 抽象的必要説(中間説)
 この考え方は両者の中間に存在するもので、訴えの利益をほぼ無条件に肯定することはしないが、逆に対象となる決議につき認容判決が得られたとして具体的にいかなる法律関係を攻撃するのかが特定されなくても訴えの利益は認められると考えるものである。
2 検討
 (1) 具体的必要説
 まず具体的必要説はなり立たない。何故なら①具体的にいかなる法律関係を攻撃するのかが完全に特定されなければならないとし、攻撃は訴訟外でも援用可能とするならば、実際上は決議無効確認・決議不存在確認請求訴訟が明記された意味はない(すなわち松田説に帰着する)。②決議取消訴訟の場合は実体的要件が具備すれば別途訴訟法的要件が詮索されることは少ないが、より瑕疵の大きい決議無効確認・決議不存在確認請求訴訟が訴訟法的な要件設定によりかえって攻撃から免れることになり不合理である。③訴訟法的要件を厳しく考えるのであれば、それだけで濫訴は防げるわけであるが、法は担保提供の要求(商法249条)損害賠償(商法109条2項)裁量棄却(商法251条)などを定めており、濫訴を実体法的に抑止している。以上により具体的必要説には理由がない。
 (2) 考慮不要説
 他方、考慮不要説は監督の必要性を高く掲げる余り過激に行きすぎる嫌いがある。通説は決議無効確認・決議不存在確認請求訴訟において「正当な利益がある限り」という限定を付けており(鈴木178頁北沢353頁)ある程度の具体的基礎たる事実がなければ「訴えの利益」が無いと判断されることもやむを得ない。
 (3) 抽象的必要説(中間説)の積極的妥当性
 従来、民事訴訟法学説は民事訴訟の紛争解決機能を判決の機能に限定して論じてきた嫌いがある。これを議論の設定の場としての機能・和解の土俵としての機能等「利用者の立場」の視点で民事訴訟の紛争解決機能を広く見ていこうとするのが学説の傾向である。新民事訴訟法はかかる学説的背景のもとに成立した。江頭教授は以下のように説く。「原告の真の意図は勝訴判決を得ることではなく和解に持っていくことである場合が多い。決議の瑕疵を攻撃する訴訟がこうした目的で利用されることは経営から排除され苦境に陥った閉鎖会社の少数株主(社員)にとってやむを得ない行為であることが多いから、裁判所は当事者の真意を酌んで和解を進める等適切に対処する必要がある。」(江頭憲治郎254頁)。決議の瑕疵を巡る訴訟が画一的な紛争解決の力を有しているか否かは「当該決議を無効ないし不存在を宣言することが別の訴訟ないし紛争で具体的にいかなる要件事実を構成するか」という形式的観点からではなく「当該決議の瑕疵を宣言することが紛争の解決に必要かつ有効であるか否か」という実質的観点から判断しなければならない。訴権の濫用等の批判については後述の「訴えの利益」を巡る具体的基準で対処すればよく、実体法的には担保提供の要求(商法249条)損害賠償(商法109条2項)裁量棄却(商法251条)などで対処すれば足りる。(以下、略)

* 最高裁は当方の言い分を認め、平成16年12月24日、福岡高裁判決を取り消して原審福岡高裁に差戻す判決を下しました。差し戻し後の福岡高裁で満足すべき和解が成立しました。

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