法律コラム Vol.34

交通事故賠償における消滅時効

 酷い顔面損傷のため数度の整形手術・形成手術を受け、事故から9年後に症状固定し10年後に後遺障害認定を得た事案について、消滅時効の抗弁に対し反論したときの準備書面です。

(消滅時効の起算点について)
 消滅時効が進行を開始する「権利を行使することが出来るとき」(民法166条1項)とは、その権利行使が現実に期待できるものであることを要する(最大判昭和45年7月15日)。症状固定診断書がなければ被害者は後遺障害認定を受けることができず、これをふまえた損害賠償請求訴訟を提起することもできないから被害者が医師から症状固定診断書を受け取ったときに初めて損害賠償請求権の消滅時効は進行を開始すると解される(氏家茂雄「損害賠償請求権の時効の起算点」交通事故賠償の諸問題・判例タイムズ社574頁以下)。被告は「医師がもっと早く症状固定診断をすべきだった」と主張する。当職は整形外科医師との懇談の中で医療現場の実情を無視した保険会社のしつこい介入に辟易した経験を聞かされたことがある。医療を行うのは現場の医師である。現場に接していない者が独自の見解を振りかざして断罪すべきものでは全くない。法律家は現場の医療に関し謙虚でなければならない。不幸にして本件で「医師はもっと早く症状固定診断をすべきだった」との規範が定立され確定する場合、原告は医師の判断ミスによって自己の権利を侵害されたことになるから、原告は医師が属する医療法人を被告として損害賠償請求訴訟を起こすべきことになりかねない。かかる事態が不合理であることは自明である。以上により被害者が医師から症状固定診断書を現実に受け取ったとき初めて消滅時効は進行を開始すると解されるので、本件において消滅時効は成立しない。
(債務の承認について)
 被告の任意保険会社は平成*年*月*日、本件事故にもとづく損害賠償債務が存在することを前提した支払額の提案を原告に送付している(甲*)。被告任意保険会社は約款による示談代行権限により本件交渉をおこなっていたのであるから提案書の送付は債務の承認にあたる(大阪地判平成12年1月19日を参照)。

* 裁判所から消滅時効を前提としない和解案が示され原告被告双方が受諾し和解成立により本件訴訟は終了しました。

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