不動産媒介契約と直接取引
不動産業者に売却の依頼を為したのに媒介報酬の支払いを免れるため当事者間で直接に売買契約をする方がいます。この場合に判例は民法130条・商法512条により相当報酬額の支払いを命じるのが一般的ですが「相当報酬額」の算定は結構悩ましい問題です。媒介契約書は成約時に作ることが多いからです。契約書がないのに契約にもとづく支払いを求めるところに難しさがあります。以下は業者側で提起した訴訟の主張書面です(若干補正)。
(不動産媒介実務の実情)
宅地建物取引業者が受領することが出来る報酬の金額は国土交通大臣の定めるところとされている。昭和45年建設省告示第1552号(最終改正平成16年2月18日国土交通省告示100号)によれば、400万円を超える物件の場合、媒介報酬の額は3%プラス6万円となる。世上行われている不動産取引の多くは告示による報酬支払いが行われている。誠実な行為者は「媒介契約書を作っていないから」と言って宅建業者の報酬請求権を無視することは無い。売買契約時に仲介業者としての署名押印を拒否したり媒介報酬支払をけちることも無い。信頼関係で円満に決済される。これが一般的な不動産取引である。誠実でない依頼者が(契約書がないことをいいことに)一般の方が素直に支払っている媒介報酬の支払義務を免れるならば信義誠実の原則は消滅してしまう。「契約」の存在が認められるならば「契約書」の有無は媒介報酬金額に直結しない(弁護士の場合も従前は契約書を作成していないことが多かったが紛議調停等で報酬金額の当否が問題になったときも書面の有無がポイントになることはなかった)。相当報酬額を基礎づけるのは、行われた行為の「実質的な内容」であり「形式的な書面の有無」ではない。
(判例と本件へのあてはめ)
告示基準のとおりに支払義務を認める判例は多数存在するが、ありふれているために判例雑誌等にあまり紹介されていない。東京高裁は昭和59年12月17日、①媒介の労力が少なく②媒介期間が短く③高額(約10億円)の案件で告示基準額の70パーセントに限って媒介報酬を認めた。10億円という高額物件に関する事案であること、媒介者の労力が少ない案件であること、媒介期間が短い事案であること等が特筆すべきである。本件の場合①原告担当者は本件媒介業務に多大の労力を使用している。その労力使用の程度は売主に対するものの方が多い。②担当者が媒介を開始してから排除されるまでの期間は約7ヶ月であり媒介期間は相当長い。担当者は宅地建物取引業者としてのエネルギーのほとんどを本件媒介業務に費やした。③東京高裁の案件に比べ本件売却価額はその半分以下で「高額」であることを理由に当然に告示基準以下になるとの被告側の論法は成り立たない。媒介行為の実質が薄い東京高裁の事案ですら70%の報酬が認められるのであれば本件は上記①②③の点を総合考慮し、告示基準の媒介報酬が認められるべきである。
* 裁判所は告示基準の約83%にあたる金員の支払いを命じました(確定)。