交通死亡事故における年金
交通死亡事故における損害計算には慎重を要する場面があります。その1つに被害者の「年金」の取り扱いがあります。裁判上で議論したので紹介します(大幅に抽象化しています)。
1 定立されている基準
損益相殺に関し定立されている基準は①当該利益が損害の填補であることが明らかな場合は控除を認める(損害填補ではない搭乗者傷害保険・生命保険・労災特別支給金は控除されない)②社会保険給付は支給が既に確定しているもののみ控除を認める(未確定の遺族年金・障害基礎年金は控除されない)というものである(最大判平成5年3月24日)。例えば未確定である将来の介護保険による給付「予定額」は控除されない(大阪地裁平成13年6月28日、札幌地裁平成13年8月23日、東京地裁平成15年8月28日)「赤い本2004」高取裁判官講演335頁以下)。
2 企業年金について
過去分は原告が厳密な意味で「*が年金権を喪失した代償としての給付」を受けていたならば、それが損益相殺対象となり得ることは認める。しかしながら請求原因としての年金受給権の喪失(原告に主張立証責任)と抗弁としての損益相殺(被告に主張立証責任)は厳密に対応しなければならない。仮に過去の給付があるとしても当該利益が損害の填補であることが「明らかな場合」に該当するか否かが問題となる。この点は調査嘱託の結果を得た上で追って検討する。
将来分は(公的制度である)未確定である将来の社会保険給付「予定額」が控除されない以上(将来がどうなるか判らない)企業年金「予定額」は控除されないことになる。
3 厚生年金について
受給が確定していない年金受給「予定額」を「損益相殺すべき」という被告の主張がいかなる論理的根拠から導かれるのか不明である。法文上の根拠もないし判例の適示もない。
4 弁護士費用について
被告は同じ思考の下に(自賠法16条による請求をしていないにも拘わらず)これを「請求したと同様の処理をすべき」との特異な主張をしている。この点は原告においてその非常識性と非論理性を詳細かつ明確に論じている。被告側からは何らの反論もない。
* 企業年金に関しては、受取る名宛人を「被害者から遺族である妻に変更し」そのまま継続的に支払われていることが後日判明したので、損害から撤回し請求を減縮しました。
* 厚生年金に関し、裁判所は最大判平成5年3月24日を引用して「遺族年金は将来支給を受けることが確定しているとは認められない」と判示して控除を認めませんでした。
* 弁護士費用は認定された損害額の1割をそのまま加算しています(被告主張は完全無視)。
* この福岡地裁小倉支部判決は双方とも控訴せず確定しました。