加害者側から見た素因減額
交通事故賠償で良く議論される「素因減額」概念。私も以前取り上げましたが(NO.68、2014年6月27日)被害者目線(原告側)の議論です。今般、加害者目線(被告側)で議論する機会を得ました。加害者が任意保険を締結していなかったため代位をした損害保険会社を原告とする求償金請求訴訟です。原審(福岡地裁大牟田支部)裁判官は素因減額を全く認めず請求を一部認容したので福岡高裁に控訴した上で再論しました。(以下、事実関係は大幅に捨象)
1 身体的素因(客観的事情)
イ 事故前の素因
*(被害者)は「事故前に整骨院施術を受けたことはない」と主張したものの(原審第*準備書面*頁)実際は事故前に100回も!施術を受けていたことが調査嘱託で判明している。しかも*は本件事故前から激しい目眩の症状を訴えており、事故後に*が訴えた目眩の症状なるものは(仮にあったと仮定しても)本件事故「によって」生じたものではない。明確に身体的素因である。
ロ 事故状況(間接事実)
事故状況はそれ自体で「素因」として認識されるべきものではないが、その軽微さ(当該事故のみによって実際の治療経過が生じるほどの重篤な事故ではないこと)は、その治療が「*の身体的素因によるものではないか?」と推認させる重要な間接事実たる意味を有する。
ハ 事故後の素因
*は主治医による「安静」の指示を全く無視して、自分勝手な判断で、事後も整骨院施療を多数行っている。安静を必要とする時期に濃密なる手技的外力を反復継続的に加えることは身体にとり極めて有害なこと(医原性疾患)であって、これが治療を長引かせた面は絶対に否定できない(乙*参照)。この点に関しては拡大損害に関する御庁平成27年9月24日判決(乙*)を参照されたい。原告の不養生による拡大病状に事故との相当因果関係は認められていない。
2 心因的素因(主観的事情)
イ 事故前の状況
*は前述した整骨院治療に関し、裁判上の虚偽を確信犯的に続けていた(自分の代理人にすら虚偽供述を述べ続けた)。かような虚偽を述べる者が主治医に対してだけ真実を述べるはずが無い。本件長期間の治療は高額の賠償を企図する*の心因的素因に明確に裏付けられている。
ロ 事故時の状況
*は本件事故を重大なものに見せかけるため医師に対し虚偽の事故状況を延べ続けた(玉突き事故の*台目なのに1台目である・運転席なのに後部座席である、と虚偽を申告している)。これにより「誤った情報下に診療を行う」主治医の判断が歪められた。
ハ 事故後の状況
*は整骨院治療だけではもの足りず、診療期間を引き延ばすために(親族の指示のようだが)関連性の無い複数の医療機関を渡り歩いた。結果として原審における損害評価の対象からは外されているけれども「かような虚偽供述を*が続けていた事実」は絶対に消えない。このことは*の心因的素因こそが治療を長引かせたと評価することに直結するはずである。
* 福岡高裁は令和5年11月21日、当方の控訴を認容する判決をしました(原審における被告敗訴部分を取り消して被控訴人損保会社の請求を全部棄却)。素因減額は40%認定されています。損保が自賠責から得た120万円よりも(素因減額を適用し)代位取得した損害賠償請求権の額のほうが小さいために加害者(控訴人)が支払うべき債務は残存しないという論理構成です。
* なお本件原審では被害者本人も「任意保険から得た金員では不足だ」として更なる多額の損害賠償(約280万円)を求めて提訴していました。この被害者本人を原告とする損害賠償請求訴訟は原審段階で棄却されており、原告側からの控訴が無かったので直ぐ確定しています。
* 本文で言及した福岡高裁平成27年9月24日判決は法律コラムNO.73(2015年10月7日)で議論しています。興味がある方は参照ください。