江戸と東京の範囲
戦前の東京市の区名。渋谷も新宿も池袋も「東京」ではなかったし、いわんや「江戸」では全くなかった。江戸・東京は概ね「山手線の内側に浅草・本所・深川を加えた領域」でした。おそらく今の区名よりも戦前の区名のほうが各地域毎の特徴を良く表現しているように感じますね。

*文政元年(1818)8月老中阿部正精は幕府の公式見解として江戸の範囲を確定。北は荒川石神井川(板橋宿・尾久周辺)東は中川(亀戸・平井周辺)西は神田上水(代々木・角筈・長崎周辺)南は目黒川(品川宿周辺)までを御府内と定めた。このラインは朱線で引かれたので「朱引内」と呼ばれた。
*ちなみに範囲を拡大した大東京市の成立は昭和7(1932)年、特別区が指定されたのは昭和22年のこと。
*ちなみに東京「府」が東京「都」になったのは昭和18年7月1日。目的は戦争遂行(告諭第1号に明記)。
*東京都公文書館の記述。面白い。
23区を正式に列記する場合は千代田区を最初として中央区、港区、新宿区というように順番が定められています。この順番は実は旧15区時代のそれを基本的に踏襲しているので、ちょっとそれについても説明しておきましょう。旧15区時代には、皇居のある麹町区を起点として、時計回りに「の」の字を書くように区の順番が定められていました。麹町、神田、日本橋、京橋、芝、麻布、赤坂、四谷、牛込、小石川、本郷、下谷、浅草、本所、深川という順番ですね。15区をひと回りしたところで、今度はその外側の郡部でもう一回りします。荏原郡からはじめて、豊多摩郡、北豊島郡、南足立郡、南葛飾郡という順番になります。35区時代になってもこの原則は変わらず、まず旧市域で「の」の字を書いたら、引き続き品川区を起点に、目黒、荏原、大森、蒲田、世田谷(以上旧荏原郡)、渋谷、淀橋、中野、杉並(以上旧豊多摩郡)、豊島、滝野川、荒川、王子、板橋(以上旧北豊島郡)、足立(以上旧南足立郡)、向島、城東、葛飾、江戸川(以上旧南葛飾郡)と旧郡単位でひとまわり大きな「の」の字を書くわけです。旧郡域の中では、旧市域に近接している区から離れている区へという順になります。ちょっとジグザグした「の」の字になってしまいますが、正式に区や郡の名前を列記するときはこの順番に従わなければいけません。現在の23区も、千代田区(麹町、神田)を起点に、中央区(日本橋、京橋)、港区(芝、麻布、赤坂)、新宿区(四谷、牛込、淀橋)、文京区(小石川、本郷)、台東区(下谷、浅草)、墨田区(本所、向島)、江東区(深川、城東)と旧市域で「の」の字を書いたあと、品川区(品川、荏原)、目黒区、大田区(大森、蒲田)、世田谷区、渋谷区、中野区、杉並区、豊島区、北区(滝野川、王子)、荒川区、板橋区(板橋)、練馬区(板橋)、足立区、葛飾区、江戸川区と新市域で「の」の字を書いて完成です。

