2009年6月15日 / 最終更新日 : 2024年11月26日 webmaster 石橋迎賓館 市役所の北に広い敷地を持つ洋風建築物があります。風情のある門に「石橋迎賓館」 「ISHIBASHI MANSION」と記されています。久留米の歴史を象徴する建物のひとつです。「石橋迎賓館物語」(毎日新聞筑後版02年4月か […]
2009年3月12日 / 最終更新日 : 2025年1月24日 webmaster 歴史コラム(ルーツを探る) 1776年に独立宣言を起草したジェファーソンは200人の黒人奴隷を農作業に使用する偽善者でした。リンカーンは南北戦争中の1863年に奴隷解放を宣言し1865年に合衆国憲法修正13条(奴隷制度を禁止)を加えることに成功しま […]
2008年11月5日 / 最終更新日 : 2024年5月18日 webmaster 歴史コラム(まち歩きの興隆) 最近、ちょっとした「まち歩きブーム」が起きています。先駆けとなったのは「長崎さるく博」の成功。これまでの博覧会が「はこもの」に重点を置きすぎ開催地に根付いてこなかった反省の上に立ち「まち自体を歩いて楽しもう」という画期的 […]
2008年8月12日 / 最終更新日 : 2025年1月26日 webmaster 山田堰と水車群 古来より筑後川中流両岸の村々は自然堤防(洪水の時に上流から運び込まれて堆積した土砂により自然に形成される微高地)上にありました。筑後川は荒れ川で知られ、自然堤防の規模も大きいものでした。このため両岸の村の人々にとって「川 […]
2008年7月11日 / 最終更新日 : 2025年3月17日 webmaster 歴史コラム(掃苔へのお誘い) 先日、高野山の奥の院にお参りする機会がありました。一の橋から御廟までの約2キロの参道に数十万と言われる墓石があります。両脇に樹齢何百年と感じられる老杉の巨木が連なっており、独特の霊気を感じさせます。鳥居が備えられている墓 […]
2008年6月10日 / 最終更新日 : 2024年11月24日 webmaster 天才とバカ殿 久留米藩第7代藩主である有馬頼徸(1712~1783)は16歳で藩主になり70歳で亡くなるまでの54年間、久留米藩を治めました。頼徸は極端に異なる2つの顔を持つ特異な人物でした。以下、河村哲夫「海路・筑後人物伝」(海鳥社 […]
2008年3月11日 / 最終更新日 : 2024年11月24日 webmaster 歴史コラム(東京裁判と歴史散歩) 大学3年生の時に国立市の映画館で映画「東京裁判」(小林正樹監督)を観ました。長時間(約4時間半)の映画なのですが2回連続で観ました(計9時間)。1回目を見終わってロビーを出る時に、これから入ろうとする英語のネルソン先生( […]
2008年2月9日 / 最終更新日 : 2024年10月27日 webmaster 有馬記念の産みの親 久留米における石橋正二郎氏の貢献に匹敵するのが、倉敷市における大原孫三郎氏の貢献です。大原氏は倉敷紡績の社長や中国銀行の頭取として活躍する一方、大原美術館や倉敷中央病院の開設、大原社会問題研究所の運営など百年後を見据えた […]
2007年10月10日 / 最終更新日 : 2024年11月26日 webmaster 久留米ツツジの芽生え 毎年春になると久留米の街中はツツジの花で彩られます。主要な公共施設や中央分離帯などに沢山の久留米ツツジが植栽されており市民の目を楽しませてくれます。 久留米百年公園では恒例のツツジ祭りが開かれます。園芸業者が自慢の作品 […]
2007年8月1日 / 最終更新日 : 2024年11月24日 webmaster 歴史コラム(感想戦としての歴史) 対局後に対局者や立会人が混じり1局を振り返って「ああでもない・こうでもない」と語り合っているもの・あれが感想戦です。プロ棋士の対局では概ね行われています。負けた側は自分のどの差し手が問題であったのかを理解しないと敗局が身 […]
2007年4月24日 / 最終更新日 : 2024年11月8日 webmaster 歴史コラム(古地図の楽しみ) 歴史散歩の必須アイテムが古地図です。私は「歴史に興味を持ったから古地図を収集した」のではありません。自宅を購入する際に「候補地の過去を確認したい」と思って久留米の古地図を入手したのが出発点です。が入手した古地図は私の久留 […]
2007年3月30日 / 最終更新日 : 2024年11月7日 webmaster 寺町の遍照院 寺町の遍照院には江戸から昭和にかけての久留米の歴史が凝縮しています。以下「久留米市史第2巻」及び「第3巻」高山精二「久留米の町・寺社めぐり」福岡県歴史教育者協議会編「福岡歴史散歩北九州筑後コース」(草土文化社)などを基礎 […]