過去の記憶力と未来の想像力
或る日、フェイスブック上において次の秀逸な標語が掲載されました。含蓄がありますので御紹介するとともに弁護士業務に於ける意味を考えたいと思います。
1 恋に溺れるのが18才。風呂に溺れるのが81才。
2 道路を暴走するのが18才。道路を逆走するのが81才。
3 心がもろいのが18才。骨がもろいのが81才。
4 未だ何も知らないのが18才。もう何も覚えていないのが81才。
5 自分探しをしているのが18才。皆が自分を探しているのが81才。
人生の真理をよく表していると私は思います。18才と81才の中間が(およそ)50才です。弁護士業務は上記50才の人間状況に似ています。依頼者が18才だったり81才であったりします。少年事件と高齢者事件を例に考察しましょう。少年事件を担当する弁護士は18才のときの心的状態を(自分は既に経験しているのだから)リアルに思い出しておく必要があります。恋に溺れ・道路を暴走し・弱い心に悩み・無知を恥じ自分とは何者かを探し続けていた、あの頃。それはあまりにもリアルな「青春」の姿です。高齢者事件を担当する弁護士は81才の方の心身状態を(自分は未だ経験していないのだから)リアルに想像してみる必要があります。風呂に溺れること・道路を逆走してしまうこと・骨粗鬆症になること・認知能力が低下し失踪扱いになること。これらは決して「笑い」の対象ではありません。それは「死を目前に控えた人間」のリアルな(偽りのない)真実の姿です。弁護士業務は目の前の依頼者の状況を理解し・解釈し・働きかける作業です。自分の過去への「記憶力」と自分の未来への「想像力」を磨いておく必要があります。