5者のコラム 「役者」Vol.102

自称愛国者による理不尽な言動

内田樹ブログに以下の記述がありました。

小津安二郎の『秋刀魚の味』の中に戦時中駆逐艦艦長だった初老サラリーマン(笠智衆)が街で昔の乗組員だった修理工(加東大介)に出会って、トリスバーで一献傾ける場面がある。元水兵はバーの女の子に「軍艦マーチ」をリクエストして、雄壮なマーチをBGMに昔を懐かしむ。そして「あの戦争に勝っていたら今ごろ艦長も私もニューヨークですよ」という酔客のSF的想像を語る。すると元艦長はにこやかに微笑みながら「いやあ、あれは負けてよかったよ」とつぶやく。それを聞いてきょとんとした元水兵はこう言う。「そうですかね。そういや、そうですね。くだらない奴がえばらなくなっただけでも負けてよかったか。」私はこの映画をはじめて観たとき、この言葉に衝撃を覚えた。戦争はときに不可避である。戦わなければ座して死ぬだけというときもあるだろう。それは子供にも分かる。けれども、その不可避の戦いの時運に乗じて愛国の旗印を振り回し、国難の急なるを口実に、他人をどなりつけ・脅し・いたぶった人間がいたということ、それも非常にたくさんいたということ、その害悪は「敗戦」の悲惨よりもさらに大きいものだったという1人の戦中派のつぶやきは少年の私には意外だった。その後半世紀生きてきて私はこの言葉の正しさを骨身にしみて知った。

私の父は志願して海軍に入り戦艦の通信兵をしていました。父は戦争当時のことを語りたがりませんでしたが少し艦内の生活を聞いたことがあります。艦内には酒に酔って部下を理不尽に殴りつける上司がいたそうです。陸軍に比べれば合理性が重視されたと言われる海軍でも「愛国の旗を振り回し・他人をどなりつけ・脅し・いたぶった人間」が多く存在したことを父の言葉は示していました。それに反発した父は(私が知る限り)全く酒を口にしなくなりました。好戦的な言辞を気軽に口にする輩は、戦時下の自称・愛国者による理不尽な悪行を知らない者なのでしょう。